[Novels]

【春色は、青だと四月の風は言う - 第1話 】
菜月の日記01
――――――――――――――――――――――――――――−・
 4月7日(木)
 入学式に遅刻したら、誰もいないはずの教室になんか不思議な人たちが残ってた……。
――――――――――――――――――――――――――――−・

 そもそもうちは両親共働きだから、子供である私よりも、両親の方が家を出る時間が早い。したがって、朝、母親に起こされる。なんてことはありえない。中学に入学したころから既にもうそんな感じだったから、はっきり言って寝坊なんてありえないし、朝食のおかずも自分で作る。まあ、作ると言っても、焼いたり温めたりするだけだけど……。ちなみに、お味噌汁とご飯は、母が寝る前に用意しておいてくれる。
 入学式である今日も多分に漏れず、それどころかいつもよりも早めに起きて、お味噌汁を温めて、鯵の干物を焼いて、昨晩レンタルしてきたばかりの、お気に入り映画のサントラCDを聴きながら、朝ご飯を食べていた。
 朝の1分は夜の1時間。というくらい、朝の時間は貴重かつ重要なので、私が厚い信頼を寄せているダイニングの壁掛け時計で、常に時間を気にしながら毎日朝食を取っている。
 よく、テレビの番組進行を耳と目で確認しながら時間をはかるって話を聞くけど、私は朝は好きな音楽を聴いていたいから、テレビはつけないことにしているし、時計はやっぱり、長針と短針と秒針がそろってこそ時計だと思う。……単にデジタル表示だと、○○時まで残り何分という、残り時間の計算ができないだけなんだけど。
 いつも通り、6時45分にキッチンに入って、7時くらいからご飯を食べ始めて、鯵の干物の、骨周りの身を歯で削るように食べながら(母が見たら眉をひそめるに違いない)、なんだか今日はゆったりだなぁ、高校生になったからかな? なんて思って、7時10分頃には冷蔵庫に入っていたリンゴを剥いて、ヨーグルトとブルーベリージャム(ジャムと言っても、冷凍ブルーベリーを軽く砂糖で煮ただけのものだから、ほとんどシロップに近い)をかけて、デザートまで食べてしまった。
「あー、なんかまったり幸せ……」
 一人でそう呟いて、キッチンの時計を見上げる。
 ……7時11分だった。
 ……。すごく、嫌な感じがした。
 目を凝らして、じっと時計をみる。
 秒針が、1秒ごとに、進んで、進んで、進んで、戻って、足踏み、足踏み、足踏み、進んで……。って、おいおい。
 慌てて自分の部屋に戻って時計をみたら、軽く7時半を過ぎていた。
 電車通学なのに!
 大急ぎで準備をして、歯磨きも3倍速でして、朝食の後かたづけもそこそこに、駅まで走って電車に飛び乗……れたら良かったんだけど、電車来ないし。時刻表見たら、次の電車は12分後だし。入学式初日から遅刻してどうすんのよ、時計の馬鹿馬鹿馬鹿、私の信頼を裏切って! とか、しばらくの間、心の中であらん限りの悪態を付きながら、落ち尽きなくホームをうろうろしていたんだけど、時間にならなくちゃ電車は来ないし、ここで動き回ったところで、学校には着かないし。そのうちどうでも良くなってきて、ホームでぼんやり、張り巡らされているフェンスの外を眺めることにした。
 ホームの脇に立っている桜はちょうど満開で、淡い淡いピンク色の花を、たわわに咲かせていた。「たわわ」っていう言い方はおかしいんだけど。あれだけボリュームがある花の群れをみていたら、やっぱり「たわわ」に咲いている。って感じがする。
 時折、穏やかに吹く風に煽られて、ゆらゆら揺れる桜色を見つめながら、なんで青春は青い春って言うんだろう。こんなにも桃色なのに。とか、なんだか自分でもよくわからないことを思いながら、長閑な音を立てながら入ってきた電車に乗り込んだ。
 ラッシュ後の(つまり、間違いなく遅刻の)電車の中は、がらんとしている。
 ほとんど貸し切り状態の電車の中、流れる景色を眺めながら学校へ向かううちに、すっかり急ぐ気も失せていた。どうせ着いた頃には入学式も始まっているだろうし。新入生勢揃いの体育館に、遅れて入っていくような、この上なく目立つこともしたくないし。
 電車を降りて、駅員さんの「おや?」という感じの顔に、無意味に笑顔を返しながら(ああもう、恥ずかしいなぁ)、てくてく歩いて学校へ向かう。誰もいない緩やかな坂道。柔らかく吹く風。閉まっている正門の、その隣の通用口から中に入って、周りを気にしながら昇降口へ向かう。体育館から、かすかに校歌らしき音楽が風に乗って届く。本来ならば、体育館の中で聴いているはずの曲だ。少しだけ、その旋律に耳を傾けてから、入り口に張り出されているクラス表で自分のクラスを確認して、適当に靴を靴箱に入れて、自分の教室へと向かった。
 ひんやりと冷たい、それでいて窓から春の光射し込む廊下は、わけもなく輝いて見える。
 「1−8、1−8」と、小さく口の中で呟きながら、教室毎にかけられているプレートをひとつひとつ確認していく。(遅刻した上にクラスを間違えていた、なんて、そんな恥ずかしいことしたくないし)
 目指すクラスプレートを発見して、「1−8!」しっかりと指さし確認までしてから、磨りガラスのはまっている引き戸をそーっと開いて中を盗み見る。
 誰もいないと思ったからこそ、のぞき見るような真似をしたんだけど。
 ……なぜか、教室の中に居た人々が、そろってこちらを見ていた。
 扉越しに、顔だけ出した状態で、一時停止。
 春の日射し照らす窓をバックに、人影がみっつ。
 光に透ける金髪、耳にはブルーのピアスが光る男の子。何故か髪の毛は濡れているらしく、時折雫が肩に垂れている。
 茶色のくせっ毛に、真面目そうな眼鏡をかけた男の子。ブレザーのぼたんがひとつ、引きちぎられたみたいになっているのがすごく気になる。
 肩で切りそろえられた艶やかな黒髪に、整ったきれいな顔立ちの女の子。しかも膝には、食パン一斤が大切そうに抱えられていたりする。
 それぞれが、向かい合うようにして机や椅子に腰掛けている状態のまま、顔だけをこちらに向けて、じっとこっちを見ている。
 ええと、ど、どうしよう……。
 固まったままの私に、それぞれが口を開いた。
「遅刻仲間4人目」
「勝手に仲間にすんなよ」
「……パン、食べる?」
 眼鏡、金髪、食パン少女の順に、喋ったと思う。
「つーか、そんな妙な格好で固まってないで、さっさと入れば?」
 つっけんどんな感じの口調で、金髪の男の子に言われて、条件反射のように教室に滑り込んだ。後ろ手に、静かに扉を閉める。
「君も8組?」
「わざわざ聞くことかよ」
「なんだよ、何事にもとっかかりってものが必要だろ?」
「あーそー」
「態度悪いなぁ! いい加減に機嫌なおせよ」
「んだとぉ? 誰のせいだと思ってんだ! きさまの制服で髪の毛拭いてやろうか? ああ?」
「だから、不慮の事故だって言ってるじゃないか!」
「一人で一斤は、多すぎると思うの。あなたも食べない?」
 てんでバラバラに紡がれる言葉達を、呆然と見つめながら。
 いったいどういうメンツなんだろう。とか、どういう理由で遅刻したんだろうとか、それにしても濃いクラスメートだなぁとか。そんなことを思いながら。
 ひとまず、他のクラスメイトからしてみれば、私も「遅刻4人組」としてこの個性的なメンツに仲間入りなんだろうなぁ。と、こっそりため息をついた。

←Back ・ Index ・ Next →