[Novels]

【水饅頭と月にうたう】 其の二 - 02
 自分が今こうして生きていることの意味だとか、そういうことには興味がない。
 考えたことがないわけではないけれども、結局わからなかったし、実際のところ、答えなんて無いのだろうと正晴は思う。ましてや他人の生きている意味なんて。
 ――意味を求めることが無駄なのだ。求めたって、無いんだろう? そんなものは。
 だったら、思い悩むだけ時間の無駄だ。考えないのが一番だ。死だって、そう思えばたいしたことではない。
 だから正晴は神送りの巫女でありながら、神送りという行為自体にもさして興味がない。絡まった神が消えようが、捕らわれた人間が力尽きようが、正直、知ったことではないのだ。
 早苗が歌送りの巫女だから、自分は神剥がしをしている。それだけのことだ。
 例え連夜、セーラー服を着て街を彷徨うことになろうとも。早苗がいるから、それでいい。
 ――そうでも思わないと、やっていられないって話でもあるわけだけど。
「こう毎日だと眠たいね」
 薄暗い裏通り。西の空に傾き始めた月を右手に、家に向かって歩きながら夜風は小さく笑う。
「そうね。……最近多いわね」
 寄り添うように歩く早苗の体温をセーラー服越しに感じながら、すっかり身に付いてしまった作り声と言葉遣いで返して、なんだかな、と、正晴は思う。
 ――今なら、突然驚かされても高い声でキャーと言える気がする。
 もちろん、この格好で驚かされて、男声で「うわぁ」とでも言おうものなら、威かした方が逆に驚いてしまうだろうけれども。
 そんなことを考えて、一人小さく首を振ったところで、視界の隅に普段は見かけない灯りが見えた気がして、正晴は足を止めた。
「華南?」
 突然立ち止まった正晴に、早苗は首を傾げる。
「何か、灯りが……」
 言いながら、誘われるように細い路地へと足を進める。緩やかに吹いてくる風の中に、花のような甘い香りが漂っている。ビルと夜の隙間を抜け、ふいに拓けた場所へ出ると、そこに数件の露天商が店を広げていた。藤棚に、満開の藤が咲き乱れる深夜の小さな公園に。
「こんな夜に、市……?」
 地面に広げられた夜色のシートには、雑貨や骨董品、装飾品から、野菜に植物の苗など、様々なものがひっそりと並べられ、ゆらゆら揺れるランプの光を浴びて、夜の闇に浮かび上がっている。麺麭(ぱん)や腸詰めや、焼き菓子を売っている店もある。すべての店には、帽子を目深に被った初老の男性が音もなく店番をしていた。
 どこか幻想的で神秘的な、この世のものでは無いような不思議な光景に、わずかに戸惑いながらも、正晴と早苗は興味を引かれて店へと近づく。本来ならば、ローレライとヴァンパイアの噂を考慮して、むしろ避けるべき状況ではあったが、現実離れしたその光景が、逆に二人の気を緩めさせていた。
 店をのぞく二人の存在に気づいて、店番の男性がゆっくりと、無言のまま頭を下げる。
 言葉はなくとも、自然と、「ゆっくり見ておゆきなさい」という意志が伝わってきて、正晴は穏やかな微笑みを返した。
 ――こんな時でもきちんと女性モードが作動する俺は、ちょっと凄いかも知れない。
 頭の奥深くで自分自身に感心しながら、早苗と並んで店をのぞいて見て回る。
 揺れるランプの灯りと、風に漂う藤の香りが、時間の感覚を麻痺させる。
 順番に見ていったところで、早苗が動きを止めて正晴を振り返った。
「どうしたの?」
「これ、何だと思う……?」
 早苗が指さす先には、蓮の葉型の双葉を広げた細い苗が、紙製のポッドに植えられていた。
「苗、よね?」
「それもそうだけど、こっち」
 指先を辿ってみると、ランプの光に照らされて涼しげに光るその苗の根本には、綺麗な手書き文字で、「水饅頭」と書かれたプレートが刺してあった。
「水饅頭……?」
 ――水饅頭って、あの、和菓子の水饅頭か?
 混乱する正晴と、苗を見つめながら首を傾げる早苗に向かって、チューリップ帽を被った店主が口を開く。掠れた声が、夜風に乗って二人に届いた。
「そいつは今年一番最初の、水饅頭だ。一つの苗から、一つの水饅頭が生えるよ」
「水饅頭が……生える、ですって?」
 一語一語、確認するように問うと、店主は無論というように頷いた。
「どういうこと?」
 わずかに語調を強める正晴に、店主は帽子の向こうでかすかに笑って、
「育ててみればわかるさ。そこのお嬢さんの目と同じ、綺麗な紫の水饅頭の苗だ。今夜は、月が綺麗な銀色だからな。育てたいというのなら、二百円にまけてあげるよ」
 思わず、しゃがみ込んで苗を見ている早苗を見下ろす。変装と、送り歌の能力増幅を兼ねて着けている紫色のカラーコンタクトが、ランプの光に濡れて見えた。
 水饅頭が生える。しかも、藤色の水饅頭だという。
 夜風に揺れる双葉の涼しげな薄緑色が、どことなく可愛らしささえ感じさせる苗を見下ろしながら、正晴は考える。
 ――水饅頭みたいに、つるりとした半球体の種でもできるというのだろうか。
 早苗は無言で、苗をみつめている。気になって、正晴は声をかけた。
「もしかして、欲しいの?」
 わずかに間をおいて、悪戯が見つかった子供のような笑みを浮かべ振り向いた早苗が頷く。
 その笑顔の可愛さに、思わずくらりと目眩をおこしかけながら、正晴はセーラー服の胸ポケットから小さな財布を取り出した。
 仕事中は、邪魔になりこそすれ役に立つことはないので、あまり現金は持ち歩いていない。あるのは主にカード類で、小銭は非常用に数枚持っている程度だ。
 ――二百円もあっただろうか。
 まさかカードは使えまい。むなしさを禁じ得ない心配を抱きながら中身をのぞくと、辛うじて二百二十円分の小銭の存在を確認できた。
 どの辺がどう水饅頭なのか。正晴の疑問は尽きないところではあったが、早苗の喜ぶ顔を見られるのなら、二百円くらい安いものだと納得し、店主に代金を払う。
 慣れた手つきで苗をビニール袋に入れて、
「大事に育ててやってくれ」
 店主はそう言葉を添えて、袋を正晴に手渡した。
 早苗の満足そうな笑顔とともに、咲き誇る藤が、夜風に揺れた。


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