[Novels]

【水饅頭と月にうたう】 其の四 - 02

 それからの日々は、水饅頭とともにあった。
 熱に弱い上に所構わず歌うので、さすがに学校に連れて行くわけにはいかなかったが、儀式に出る必要が無い分、夜は水饅頭を傍らに宿題をしたり、音楽を聴いたりしていた。
 水饅頭には口がない。ついでに言うならば目も耳も手足もない。これに大きな目がついていたら、間違いなく落ち物ゲームのキャラクターだなと正晴は思いつつ。同時に、目がなくて良かったとも思う。こんな半透明のつるりとした物体に目玉がついていたりしたら、シュールすぎて可愛くない。
 水饅頭は、どうやら水分だけで生きているようだった。逆に、水分が減ると一気に弱る。
 正晴は、水饅頭が生まれた最初の日、たっぷりと水饅頭に霧吹きで水をかけてから学校にでかけた。帰宅部である正晴が授業を終えてすぐに帰ってきてみると、しかして水饅頭は軽く干からびかけていて、本来なら艶やかでみずみずしいはずの表面もくすんでつっぱっていた。慌てて水をかけることで事なきを得たものの、それからしばらくはご機嫌斜めで、歌も歌わなければ「きゅ」と鳴くこともなかった。
 ――あれは心臓に悪かった。
 思い出して、正晴は頭を掻く。
 失敗は教訓として次に活かさなければいけない。ということで、翌日から正晴はスープ皿に水を満たし、その中に水饅頭を浮かべてから学校に行くことにした。
 水分を吸い過ぎてふやけていたら困るなぁという不安はあったが、幸いそのようなこともなく、学校から戻ると大抵、ご機嫌に歌を歌っていた。
 水饅頭は、とにかくよく歌う。夜になると特に良く歌う。歌にもパターンがあるらしく、旋律を覚えてからは早苗も水饅頭と一緒に歌を歌ったりした。
 少しずつ丸みを帯びてくる月の下、水饅頭は出窓から射し込む月の光を浴びて歌う。
 窓際が気に入っているらしく、机の上にいるときよりも、窓の側にいるときの方が、心なしか歌声がご機嫌であるように思えた。
「ね、北川君。水饅頭と外に散歩に出てみない?」
 早苗がふと、そう言いだした。
「外に? どうやって?」
 窓際で、ふるふると震えている水饅頭を見る。
 胸ポケットに入れて大変な目にあったのは記憶に新しい。
「私に考えがあるの」
 悪戯を思いついた子供のように無邪気な笑みを浮かべて、早苗が言う。そしてキッチンから、食べた後なんとなく洗って捨てずにおいたプラスチック製の透明プリンカップを持ってきた。
「これにね、氷と一緒に水饅頭を入れたら、溶けないし、人に見られてもごまかせるでしょ?」
 なるほど確かに、と納得して、冷凍庫からクラッシュ氷を取り出してカップに詰め、その上に、そっと水饅頭を乗せた。
 水饅頭はご機嫌に歌を歌っている。
「行けそうじゃない?」
 早苗が安心したように笑ったその時。
「きゅ」
 水饅頭が小さく鳴いた。途切れるような声だった。続いて、
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ……」
 壊れた警報機のように高い声で鳴く。
「え、な、何?」
 明らかな異変に、カップから水饅頭を取り出すと、掌にあたる水饅頭の感触が、わずかにしゃりしゃりしていた。不安げにのぞき込む早苗に、
「……凍りかけたみたい」
 緊張した面もちで正晴が告げる。
 水饅頭は正晴の掌の上で小さく「きゅ」「きゅ」と切れ切れに鳴いている。なんとなく「冷たいよぅ冷たいよぅ」と泣かれている気がして、思わず何度も謝ってしまう。
「カップ自体は問題ないんだ。氷に直接乗せなければいけるよ、多分」
 自分の提案が招いた事態に落ち込んでいる早苗にそう声をかける。そして二人で相談した結果、たっぷりと水を含ませた脱脂綿をカップの底に敷き、その上に、氷を乗せ、その上に更に、濡れたティッシュを何枚も重ねるという方法を取ることにした。
 まだ歌わないご機嫌斜めの水饅頭を中に座らせる。しばらく息を殺して見守り、凍って悲鳴を上げないことを確認してから、空気穴をたくさん開けたラップでカップに蓋をした。
 体温が伝わらないように、ハンドタオル越しにカップを手に乗せる。
 そうして二人は、夜の散歩にでかけた。
 穏やかな夜風が吹いている。街の明かりを反射するので、雲のある夜空は、結構明るい。
暗い夜でも、青いと実感できる、深い群青色の空に、薄く白く浮き上がる雲が無数に浮かんでいる。流れる雲の隙間から、半月が時折見え隠れする。
 歌わない水饅頭のかわりに、早苗が小さな声で歌を口ずさむ。
 街灯の光に、てらてらと光りながら。水饅頭はゆらゆら揺れながら。時々、心地よさそうに「るるる」と短い旋律を奏でた。



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