[Novels]

【セーラー服と頭首の微笑み】 - 水饅頭と月にうたう 番外編

 風が、竹林をさらさらと鳴らして駆け抜けて行く。
 まだら模様を描き、笹葉の影が揺れ映る障子戸を細く開いて、神送りの頭首である時恵は若竹色のトンネルを離れに向かって歩いてゆく二つの後ろ姿を見つめた。
 闇色を溶かした、僅かに長めのプリーツスカートが、風に緩やかにはためいている。そのスカートの揺れと連れだってダンスを踊るかのように、華南の長い髪が艶やかになびく。
 並んで歩く夜風のウェイブヘアーは、竹林の隙間から降り注ぐ光をうけて栗色に透けて見える。
 静穏の中に、少女期特有の可憐さと控えめな華やかさが共存する。
 奇跡的な美しさ。――少女の輝き。
 離れへと続く小道から、華南と夜風の姿が消えるまで、無言でその姿を見送っていた時恵は、最後の小路を曲がってゆく華南の長い髪(実際はつけ毛なのだが)がひらりと揺れる様までを眺め終えると、静かに障子戸を閉じて座敷を振り返った。
「ふふふ」
 我知らずといった様子で、ささやかな笑い声を漏らす。
 和服の襟を直し、ゆっくりとした足取りで上座へと向かいながら、座敷の傍らにたたずんでのんびりとお茶を飲んでいた雪枝に微笑みかける。
「あの二人を見るたびに、我ながら良い人選びをしたものだと思いますよ」
 その昔、歌送りの巫女として神を送っていた頭首であるにふさわしい、凛として張りのある、それでいてしっとりとした穏やかな声で言いながら、再び、ふふふと笑い声を漏らした時恵に、
「正晴君は小さい頃から美人さんでしたけれども、あんなにセーラー服の似合う子だなんて、思いもしませんでしたわ」
 おっとりとした口調で、雪枝が答える。
「亡くなった母親に、本当によく似てきました。つけ毛をしていると一瞬見紛うほど」
「ええ、本当に。早苗と並んでいるのを見ると、学生の頃の自分がそこにいるような錯覚さえも覚えてしまいますわ」
 急須に新しく入れ直したお茶を頭首にすすめながら、雪枝はしみじみと過ぎ去りし日々を思い出すように目を閉じる。
 雪枝が巫女をしていた時には、既に時恵は頭首であった。神送りの巫女は任期が短い故に世代交代も早く、大抵の巫女は任期を終えると通常の生活に戻るのだが、力ある巫女や本家出の巫女は、頭首もしくはその周辺の役に就き、新しく入れ替わる巫女の世話役や目付役を担う。
 雪枝が巫女をしていた時には、既に式服はセーラー服であった。それは今見ると女学生を思わせる旧式のデザインであったが、その頃から見れば随分と洒落ていたことに気づく。
 式服を、本来の和服からセーラー服へと切り替えたのは、誰あろう、現頭首である時恵であった。当時は本家の隠居陣から、それはそれは厳しい反対と圧力を受けたのだという話だ。
 無理もないと、緑茶の香りを楽しみながら雪枝は思う。
 神送りは古より続く、由緒ある儀式である。そういう儀式に「きまりごと」はつきものであるし、それを変えると言うことは、長く受け継がれてきた流れを断ち切ることにもなるからだ。
 古き習慣には、得てして意味が存在する。それはその時代においての処世術であったり、道徳であったり、場合によっては見立てであったする。それらにはすべて、作られた時代における知恵が込められているものだ。故に、習慣は疎かにしてはならない。それは当然の理であり、それを重んじる隠居陣の言い分はもっともであった。
 しかし。時代とは流れるもので、それに伴い環境も変化していくものだ。古くからの「きまりごと」本来の目的や意味を忘れ、ただ抜き型式に「型」を繰り返すばかりで、時代にそぐう変革を行わずに来た結果、悪習としか思えないようなものが、平然と残っていたりするのが現状である。
「それを変えていくのも、頭首の役目です」
 そう言い切って、時恵はまず手始めに式服の変更を申し出た。
 建前はこうだ。
「式服は、精神力を高める効果だけでなく、闇に紛れ、人々に存在を知られないための隠れ蓑としての役も持つのです。和服を着る人が少なくなった今、尚も型だけに拘って和服という形を取るのは、かえって古くからの儀式の意に背くでしょう」
 そうして本家隠居陣の渋々の承諾を獲得し、式服を和服から闇色のセーラー服へと替えた。
 本音はこうだ。
「和服であることが問題なのではないの。あの野暮ったいだけの姿形が嫌なの。巫女になるのは少女なのですよ。神送りの儀式も、綺麗な姿で行いたいと思うものでしょう?」
 さらにはこうだ。
「セーラー服というのは、例え黒でも可愛いものです。特に、細かなプリーツのスカートなど、はためく様は美しいでしょう?」
 さすがに、お堅い隠居連中が健在だった頃には漏らさなかったようだが、最近はぽつぽつと、そういう話を雪枝に語って聞かせるのだった。そしてその言葉通り、頭首は時代に合わせて、式服であるセーラー服のデザインも変化させている。風に揺れるスカートのシルエットが美しいのは、頭首のこだわりであると言ってもいいだろう。
「そういえば。能力の優れた男子が正晴君だったから良かったようなものの。他の、どうみても式服の似合わないような男子だったら、どうするおつもりでしたの?」
 手つかずでいたお茶菓子に手を伸ばしかけた雪枝が、ふと思いついてたずねると、両手で湯飲みを包んで口に運んでいた時恵は、さもありなん。と言った様子で、
「そんなもの。男性用の式服を用意するに決まっています」
 きっぱりと言い切った。
「え?」
 一瞬、答えの意味が理解できずに雪枝が首を傾げる。
「巫女は、女性でなければならないのですわよね?」
「女性に能力が受け継がれる傾向が強かったから、結果として女性中心で成り立っていたというだけのことです」
「……でも、正晴君にはそう説明して、式服を着てもらってますわよね?」
 男性用の式服が用意できるのであれば、正晴にだって用意しても良いのではないか。
 当然思い至るその疑問に、しかし時恵は穏やかに微笑むと、
「似合うでしょう?」
 ふふふ。と、意味深な笑い声をこぼした。
「……たしかに、似合いますわね」
 正晴がウィッグを着け、セーラー服を纏い、早苗と並んでいる姿を思い返し、雪枝はしみじみと頷く。
「神のために尽くすのが我らの勤めとはいえ、心に潤いがなければ何事も立ちゆきません。美しい容姿を持って生まれたものは、その容姿を多いに活かさなければ。……ねぇ?」
「そういわれてみれば、そうですわね」
 ふふふ。と、何度目か時恵が笑う。
 つられて雪枝も、ふふふと笑いをこぼした。

 障子越しに穏やかな光が射し込んでいる。
 一筋縄ではいかない頭首たちの、それはそれは楽しそうな笑顔と小さな笑い声が、さらさらという葉ずれの音とともに座敷を満たしてゆく。
 穏やかな午後。
 式服がセーラー服であることの背景に、頭首のそんな私的な思惑があることなど、当の正晴は知るよしもなかった。

 知らぬが仏とは、こういうことを言うのかも知れない。


... ... ... END.

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