[Novels]

【俺に世界を救わせろ!】 vol.2

二、
 比較的よく入り浸っているネット掲示板で、最近よく目にする噂がある。
 噂のタイトルは「天子《てんし》さま召喚」。
 真夜中の午前二時二十二分二十二秒ジャストに、合わせ鏡を六芒星《ろくぼうせい》の形に拳で打ち砕けば、願いを叶えに悪魔がやってくるという噂である。
 悪魔なのに天子さまなのかよ。とか、そもそも拳で六芒星って物理的に無理なんじゃねぇの? とか、その辺ツッコミどころの非常に多い噂ではあるけれど、最近の俺はとにかく「でっかい何か」を渇望していた。諸々のツッコミどころをあえて見ない振りして、その噂を実行してみたいと思うくらいギリギリに思い詰めていると言っても良いかも知れない。いや、ここはあえて情熱だと言っておこう。……建前として。
 幸いなことに合わせ鏡なら家にある。母親の化粧台だったりするが、その辺はまあ、何というか、気にしてはいけない。俺の未来がかかっているのだ。怒られたら出世払いで弁償ってことで許して貰おうと思う。
「問題は六芒星なんですよねー。どう考えたって無理じゃないっすか? だいたい拳のテーピング不可って、あからさまに痛そうだし」
 放課後、噂を実行するにあたってまず直面しなければならない問題について相談すべく、俺はプール横の駐輪場にやってきた。単車に腰掛けてシナモンの香り漂う禁煙シガレットをくわえていた先輩は、俺の言葉を聞くなり「にひゃひゃ」と不思議な声を立てて笑うと、
「何、お前、マジで実行する気でいんの?」
 興味深そうに、俺の顔を見上げる。どこか少し大人びた、それでいて諦めは知らないといった感じの双眸が俺を捕らえた。
 ネット仲間でもある先輩は、俺にとってとても尊敬できる唯一の先輩だ。ケンカも強いし頭も良いし、何より見た目もかっこいい。いつもめちゃくちゃ可愛い女子と一緒にいるし――しかも一人二人じゃない。
 俺も将来こういう大人になりたいなぁと思える人である。って、先輩もまだ十五歳なんだけど。
「やれそうなことは、やっとこうかなーと思って。さして面倒なことでもないし」
「いいねぇ、そういうの」
 シガレットを口に挟んだまま、にまりと白い歯を見せる。
 先輩はこの手の一見馬鹿馬鹿しい話が大好きなのだ。
「実際に来るという保証まではできないけどなあ。けど六芒星に砕くだけならできるぜ?」
 案の定、とても楽しそうに俺に耳打ちする。
「……それって卑怯くないっすか?」
 与えられた助言に思わずそう返すと、
「技と言えよ技と。物事を上手く運ぶにゃそのくらいの仕込み、当然だろ?」
 シガレットをぴよぴよと上下に揺らしながら、先輩は自信をもってそう言い切った。

 そんなわけで俺は、家の近くのホームセンターに行くことにした。
 何のためか。先輩からのアドバイスを実行するためである。先輩からのアドバイス、すなわち合わせ鏡を素手で綺麗な六芒星に割るコツとは何か。それは! ……なんてこたぁない。予めカッターで切れ目を入れておけば良いというだけの話である。裏技というか卑怯技というか。まあ、知恵っちゃあ知恵かもしれないけど。こういうのをサラリと思いつける先輩は、やはり大人なのだろうと思う。
 それにしても。
(肝心のガラスを切る道具はどこにあるんだろうなぁ)
 かれこれ十分近く店内を彷徨っている気がするのだが、郊外型のホームセンターは無駄に広いせいか、目的のものをなかなか見つけることができない。
(あまり長居したくないんだけどなぁ)
 家に帰る途中でそのまま立ち寄っているから、当然制服のままである。お世辞にも格好いいとは言い難いし、こんな格好で工具を持って帰っているところをクラスの人間に見られでもしたら、それこそ格好悪い。
「仕方ない。……訊くか」
 俺は少し焦っていたのだろうと思う。くるりと辺りを見回して、一番最初に目に付いた店員に声をかけた。
「すみません」
 俺の声に、しゃがみ込んで棚の整理をしていた店員が顔を上げた。気難しそうな顔をしたオヤジ店員だった。
 俺も大概阿呆《たいがいあほう》だ。少し考えればわかりそうなものだった。少々時間がかかってでも自力で探すか、そうでなければ何も考えて無さそうなアルバイト店員に訊けば良かったのだ。けれどもその時は深く考えずに、ただ近くにいたからという理由でそのオヤジ店員にたずねた。
「ガラスを切る道具ってどこですか?」
「何に使うんだい?」
 ひと言にガラスを切ると言っても、その用途によって道具は様々なのだろう。されて然るべき質問である。そして、答え方を間違ってはいけない質問である。にもかかわらず俺は、こう答えてしまった。
「ガラスを綺麗に割るのに」
 ……なんて抽象的、かつ胡散臭《うさんくさ》い返答なのだろうか。オヤジ店員は当然の流れでこう聞いてくる。
「何のために?」
 そこに至って初めて、俺は「天子さまを呼び出すために」とは答えられない現実を認識した。
「ええと……」
(あれ? 一体なんて答えりゃいいんだ?)
 慌てて思考を巡らせる。普通は何に使うんだ? ガラス、ガラス……いや、普通は切らないだろう。今までの人生で一度も切ったことねぇよ。思いつくはずもなく、言葉に詰まる。
 途端に、オヤジ店員の顔が険しくなった。
「まさか、よそ様の家に入り込もうってんじゃあないだろうな?」
 強い口調で問われ、肩を掴まれる。
 なんだかヤバい。いや、俺は悪くないけど、でもヤバい!
 思わずオヤジの手を払いのける。
 いや、落ち着け俺。それは逆効果だろう。
 そう思いはするものの、体はまるで本能であるかのようにその場から逃げようと動く。
 止まれない。身を捩り、走り出す。
「待て!」
 強い制止の声とともに、あっさりと腕を捕らえられた。
 そして俺はそのまま、ずるずると引きずられるようにして事務所へと連れて行かれてしまったのだった。

←Back ・ Index ・ Next →