[Novels]

【俺に世界を救わせろ!】 vol.3


「そこに座りなさい」
 売り場奧の小さな扉から俺を部屋の中に入れると、中央に置いてある長机を指さしてオヤジ店員は決して大きくは無いながらも力強い口調でそう言った。
 これ以上の抵抗はどう考えても得策ではないので、俺は大人しくその指示に従うことにする。既に時遅しという気もするが、こうなってしまったものは仕方ない。
 パイプ椅子を引きだして素直にそこに腰掛ける。俺の心境を代弁するかのごとく、椅子がギシリと音を立てた。
 なんでこんな展開になってるんだろうか。俺は噂を実行しようとガラスカッターを買いにきただけなのに。
 こっそりとため息をついていると、オヤジ店員は俺の十倍くらい長いため息をついてから、ひときわ大きく椅子を軋ませて俺の正面に腰掛けた。
「まだ若いのに」
 とか、ひどく悲しそうな声でぼやく。
 何となく、この人きっと、俺くらいの年齢の息子がいたりするんだろうなーと、思った。俺の父親が健在だったとしたら多分、こんな感じになっているに違いない。
 思わずまじまじと眺めてみる。短く刈り上げられた頭髪には少しだけ白髪が混じっている。わずかに日焼けした顔は今でこそ気難しい表情をしているが、目元には笑い皺らしきものがみえるので普段は結構穏やかな性格の人なのかもしれない。色あせたジーンズに、青みがかったグレーのシャツ。濃紺色のエプロンにつけられた名札には「店長 前田」と書いてある。どうやらこのオヤジ店員は前田さんと言うらしい。って、よりによって店長かよ。俺もついてないなぁ。
 前田さん(と呼ぶことにする)はおもむろに自分の頭を手で撫でつけると、再びため息をついてから口を開いた。
「金に困っているのか?」
「はあ?」
 いきなり予想しない方向からの発言が来て驚いた。そんな俺の反応に眉をひそめて、
「金に困ってるから、人様の家に入り込もうと思ったんじゃあないのか?」
 違うのか? と、前田さんがこちらを伺う。
「違います……」
「じゃあ、どうして空き巣をはたらこうなどと考えたんだ」
 哀れむような目で問いただされて、俺は何だかとても情けない気分になってきた。
 どうして空き巣未遂ってことで話が落ち着いているのだろうか。一般的にみたらそう考えるのが普通ってことなのだろうか。一方的に怒鳴りつけられたり、威圧的な態度で詰問されたりしないだけマシなのかもしれないが、しかしもっと別の可能性について考えてくれてもいいのではないだろうか。何も天子さま召喚のためであることを予想しろとまでは言わないからさ……。
「俺、窓ガラス割ろうなんて思ってません」
「なら、グラスカッターは何に使うんだ?」
 それを聞かれると、とっても困る。
「どうして言えないんだ? やましいことが無いというなら、言えるんじゃないのか?」
 いや、確かにそれも正論なんだけど。でも物事には通常の流れでは推し量れない部分というものがあってだな……。と、心の中でウダウダ言い訳したところで状況が進展するわけでもない。むしろ、黙っていては状況を悪化させるだけである。
 仕方が無いなぁ。素直に話すか……。信じてもらえない気もするけど、だって他に方法思いつかないもんなぁ。このまま隙をついて逃げるってのもありかもしれないけど既に一度あっさり捕まってるしなぁ。だいたい、ここで逃げたらそれこそ後々面倒そうだ。
 ほとほと情けないけど、やむを得まい。
 俺は深く息を吸い込むと、意を決して口を開いた。
「天子さまを呼び出すのにいるんです」
 ……ろくなしゃべり出しじゃないなぁと自分でも思った。案の定、前田さんは露骨に眉をひそめる。が、決してそこで話を打ち切ったりはしなかった。
「なんだ、その天子さまというのは」
 前田さんに促されて、俺は話す。ネットでの噂。そして先輩からのアドバイス。すべてを話し終えるまで、前田さんは黙って俺の話を聞いていた。
「だから、ガラスに綺麗に切り目入れる道具を買いたいんです」
 しゃべってしゃべってその結論に辿り着くと、俺は前田さんの目を見据えた。ここまで話して「もう少しマシな嘘をつけ」などと言われてしまっては元も子もない。
 前田さんは俺の心を読むかのようにじっと両目を見返して、それから自分の頭を掌で撫でると椅子から立ち上がった。
 な、なんだろうか。やっぱり信じられなくて警察に電話されちゃったりした日には、俺はちょっと立ち直れないかも知れない。
 どくどくと脈打つ鼓動が耳をつく。息を飲んで行動を見守っていると、前田さんは事務所の隅にある小さな冷蔵庫から何やら取り出し、その隣に置いてある電気ポットでお茶を入れると、お盆にそれらをのせてゆっくりとした足取りで戻ってきた。
「たくさんしゃべって、喉が乾いただろう」
 日に焼けた少しごつい手が、竹の器に入ったゼリーと熱そうなお茶を俺の前に並べる。透明なゼリーの中には、鮮やかな赤茶色をした小豆の粒が、まるで金魚のようにまばらに泳いで見える。ゼリーと言うよりは、水羊羹《みずようかん》なのかもしれない。
 で、俺の話は信じてもらえた、の……か?
 出されたお茶を前にして、戸惑うように見上げると、前田さんは何を勘違いしたか、
「なかなか上手くできた自信作なんだが。……甘いものは苦手だったか?」
 そんな言葉を返してきた。ええと……。
「や、普通に好きですけど……、自信作?」
「ああそうだ。小豆を甘く煮含めてだな、ゆるめのゼラチンに浮かべて固めてある」
 誇らしげに説明されてしまった。
 人は見かけによらないものだなぁ。
 半ば感心しながら、俺は前田さん手作りの小豆入りゼリーを素直に頂くことにした。
 前田さんの手作りゼリーは、とても美味しかった。スプーンですくうとゆるるるんと震える感触がなんとも幸せだったし、舌に優しい甘さも、出されたお茶ととてもよくあっていた。人は本当に見かけによらない。
 満足な気分でお茶を飲んでいると、同じくゼリーを食べ終えた前田さんが口を開いた。
「それで? 呼び出してどうしたいんだ?」
「はえ?」
 話が戻ったことを理解するのに、一瞬の時を要してしまった。そうだった。そういう話をしていたのだった。
「そこまでの熱意を持って呼び出そうっていうんだ。何か願い事があるんだろう?」
 ……ええと。
「な、何か、でっかいことをやりたいなぁ、と……」
「具体的には?」
「と、特には、まだ……」
 とても居たたまれなくなってきた。
「焦燥と熱意だけか。もったいない」
 前田さんは深く息を吐くと、再び自分の頭を撫でた。
「やー……」
 反論できなかった。実際、本能に突き動かされるように「何か」を求めているだけなのだ。具体的なヴィジョンなどどこにもない。ただ、楽に打てる博打は打ってみたいと思っただけだった。
 あまりにも子供だと呆れられただろうか。
 湯飲み越しにこっそりと前田さんの表情を伺うと、穏やかな目でこちらを見ている前田さんと目があった。
「鏡に六角星《ろっかくぼし》を書くんだったな」
 そう言って、席を立つ。
「オイルカッターなら何とかなるだろう。……窓ガラスは切るなよ」
 前田さんは事務所の扉を開けると冗談っぽく笑って振り返り、俺を手招きしたのだった。

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