[Novels]

【俺に世界を救わせろ!】 vol.6

五、
 心地よい感触が、体中を包み込んでいる。
 溶けてしまいそうな、柔らかな流れを感じる。俺はこのまま、光の中に溶けて……。
「ちょっと、何やってんの?」
 突然割り込んできた母親の声で、俺は我に返った。
「どうかしたの? 中途半端に脱いで……」
 心配そうな表情で、母が部屋の入り口からのぞき込んでいる。
 自分の息子が上半身裸で仏間に座り込んでたら、そりゃあ誰だってびっくりするだろう。
 寝ぼけたふりをして、目を半開きにしながら母の表情を伺う。この様子だと、まだ合わせ鏡を割ったことはバレていないようだ。後ろ手に、そっと工具を背中に隠す。
「ええと……。あれ?」
 眠たそうに目を擦りながら首を傾げてみせると、
「やだ、まさか寝ぼけてたの?」
 信じられないと呟きながらも、母はなんとか納得して、
「もう真夜中よ? きちんと着替えて部屋でねなさいね? 私ももう寝るから……」
 そう言い残すと、あくびをしながらキッチンの方へと去っていった。
 危ない危ない。いくら何でも寝ぼけて鏡を割るような息子は、俺だったら心配のあまり病院に連れて行く。
 工具を持って、立ち上がる。座り込んでいた場所が、ぬるりとぬめった。
「夢じゃない、な」
 言葉にすると、思わず口がにやけた。
 まさか夢オチかと、はじめは俺も自分を疑ったが、膝上まで裾をまくり上げられた濡れたズボンと、消えてしまった半袖シャツは、あれが現実だったことを示す十分な証拠になるのではないだろうか。
 なんだか、すっごく満たされた。
 羽の生えた女に馬鹿呼ばわりされたことも、今ならすっかり許しても良い。
 噂が本当だっただけでも十分な成果なのに、その上世界まで救ってしまったのだ。これが満足と言わずして何という。
 とはいえ、今夜の出来事は自分の心の中だけに止めておいた方が良さそうだ。先輩ならあるいは信じてくれるかもしれないが、ネット掲示板に書き込もうものなら、袋叩きにあうこと間違いない。
 あー、なんだか、それは悔しいなぁ。
 風呂場で制服を脱ぎながら俺は思う。
 悔しい。現実でありながら、所詮は夢とかわりがないみたいで、とても悔しい。
 ……いいだろう。
 浴室の鏡を見つめて、俺は思う。
 俺は決めた。今度は現実ででっかくなってやる。
 俺が、この世界を救ってやろう。
 いずれ。
 ……方法は、これから考える。
 成長してないとか、言うなよ。要は気持ちの問題なんだからさ。
 ひとまず明日は、前田さんにサークルカッターを返しに行こうと心に決めて。
 俺は頭から、熱い熱いシャワーを浴びた。


 おわり

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