[Novels]

【クリスマスSS】

 プシュっと、プルタブをこじ開ける音が、むかつくくらい軽やかに響いて、俺は思わずシャーペンの芯をへし折った 。
「お前なぁっ」
 今まさに、その缶を口に運ばんとする友人に向かって抗議する。
「ん〜? 何? お前も飲みたい? それはできない相談というものだ」
 学生さんは、お酒を飲んではいけません。俺のベッドにもたれるようにして、床に座り込んでいたそいつは、ニシシと良くわからない声で笑いながら言う。
「学生さんはって、未成年なのはお前も同じだろうが!」
「俺は良いんだよ。社会人だから。働いてますからね〜」
「未成年の飲酒は、法律で禁止されている!」
「俺が、俺の働いて稼いだ金で、俺の好きな、しかも経済的に比較的懐に優しい発泡酒を飲んだところで、誰の不幸にもなるまいよ。それとも何かな。君は、俺が稼いだなけなしのお金で買ったこの発泡酒を、法律違反という理由だけで取り上げると、そう言うのか!? それは横暴というものであって、そんな聞き分けないことを言っていると、お天道様が泣くぞ?」
「お前……」
 よくわからない、しかも全然スジの通っていない言い訳を早口でまくし立てられて、俺は反論する気も失せ、力無く机に突っ伏した。
 12月下旬。更に言うなら冬休み。そして、実は今日はクリスマスイブ。
 本当ならば、彼女の有無、デートやパーティーの予定で、わくわくうきうき浮かれまくっていてもおかしくないお年頃の筈だ。
 しかし。そう、しかし、その大切なお年頃である俺は。同時に、受験生というまた別の意味で大事なお年頃であるわけで。
「勉強の邪魔をするなら、帰れよ」
「それは嫌だ」
 ちびちびと、缶の中身をなめるように飲みながら即答する。
「……なんで」
「だって、俺の家、寒いんだもん」
「………………」
「………………」
「まだ、ストーブ買ってないのか」
「懐寂しいのよ。高校中退社会人としましては」
 うふふ。と、不気味な笑みを浮かべる友人の姿に、思わずため息が出る。
「だったらビールなんか買ってんなよ!」
「失礼だな! ビールなんて贅沢なもの、買ってないだろ!? 発泡酒よ! 庶民の味方よ!? ささやかな贅沢よ!? しかも、暖まるのよ? 心が」
 心よりもまず、きちんと体を温めやがれ、この野郎。そう怒鳴りそうになるのを辛うじて堪えて、俺は、ああ、もう。とか良くわからないことを言いながら頭を掻いた。
「お前、俺が受験生だという自覚、ないだろう」
 最近来ないと思ってたのに、このところ頻繁に来るし。苦々しく呟くと、さも意外そうな表情が返ってきた。
「そんなわけないだろ。重々承知してるよ、俺は」
「そうか?」
「だから3日に1回しか来ないだろ? しかも缶1本開ける間だけ。なんて友達思いなんだろうか。俺。この寒い中、冷たい布団で凍えて過ごしているのも全て、お前のことを思うが故に」
「だから、早くストーブ買えよ」
「いかんなぁ。最近の若い者はすぐに何でも買えば良いと思って」
「酒買ってる余裕があったら、ストーブを買え! っていうか、お前、俺と同い年だろうが!! 何、疲れた大人みたいなこと言ってんだよ!」
「…………………」
「…………………」
 ぐびぐびと、缶の中身を飲み干す音が、空しいくらい部屋に響く。
「そんな訳で、今日はお出かけをしようと思います」
 飲み干して空になった缶を、慣れた手つきで俺の部屋のゴミ箱に投げ入れて。さあ、ご一緒に。と、靴を片手に手を伸ばす。
「何?」
「クリスマスデート」
「何でお前とデートせにゃならんのだ! だいたい、俺は受験生だつってんだろ!?」
「世の中には気晴らしというのも、たまには必要なのだよ、明智君」
「……お前、酔ってるだろう」
「何お言う。アサヒの本生350ml缶1本ごときで俺が酔うわけが無かりょう」
 ……。微妙にろれつが回っていない気がするのは、じゃあ、何が原因だと言うんだ。
「という冗談はまあ、置いておくとして、だ」
 急に真面目な顔で、俺を見る。
「マジで。たまには息抜きも必要だと思うのよ、俺は」
 左手に持った、ボロボロで真っ黒のスニーカーをゆらゆらと揺らしながら。
「いや、でも、気は抜けないしさ」
 どこか力無く答える俺に、
「クリスマスの日のわずか数時間を勉強以外のことに使った程度で、合格に差し支えるような、そんな気の抜けた勉強の仕方してるんだ?」
 明らかに侮蔑の色を含んだ声で、切り返す。
「そんなわけ、ないだろ!? 馬鹿にすんなよ! これ以上ないってくらい、やってるさ! でも、不安なんだよ。1秒、1分、そのわずかな時間が、とてつもなく、大切なんだよ。わかるだろ?」
 こんなこと、わざわざ言葉にして言わすなよ。かっこわるい。
「不安に追い立てられて1時間勉強するより、目標を追いかける気力で30分勉強した方が、身になるって」
「受験に関係ないお前に言われても、説得力ねぇよ」
「うん? じゃあ、言い方を変えようか? 少なくとも、仕事をこなす上では、追い立てられるより、追いかけた方が効率がいい。これ、俺の経験談ね」
「……………」
「実際、お前はすごく真面目にやってるよ思うよ。集中力もたいしたものだって。不安になるようなこと、ないと思うね」
「何を根拠に言ってんだよ」
「3日に1回しか、俺に気付かないじゃん」
「は?」
「俺、毎日来てんよ? で、ここで缶1本空けて帰るの。知ってる? 毎日よ?」
「何言って……」
「先週までは、1週間に1回。日曜日くらいにしか、お前、俺に気付かなかったじゃん。ここ最近は、3日に1回は気付くけど」
「冗談」
「マジよ。っていうか、ゴミは自分で捨てようぜ。お母様に捨てて貰ってるから、そんな不思議そうな顔になるんだよ」
 俺なんか昨日、お前のお母様に、たまには休肝日を作った方が良いわよ。と、やさしく注意されてしまいましたよ。と、またしても、うふふ。と不気味に笑う。
「そんなわけで、今、君に必要なのは、息抜きであると、俺は判断する。さあ、ご一緒に。クリスマスデートに繰り出そうではありませんか」
 窓を開けて、靴を縁側に放り出し、その上にジャンプする。
 毎日、だって? その窓を開けて?
 ……。あ? そういえば、今日、あいつが部屋に入ってくるところ見てないな。
 ……。マジで?
 頭の中がぐるぐると音を立てて回りそうな勢いで混乱する俺をよそに。
「あ、お前の靴、ここにあるから、お前も窓から出なさいね」
 暢気な口調が窓の外から届いた。
「ったく。何で窓なんだよ。玄関使えよ」
 ぶつぶつと口の中で呟きながら。俺はクローゼットからコートとマフラーを取り出した。

 いつの間にか、外はすっかり夜で。空気はしっかり冬で。
 ああ、クリスマスだなぁとか、よくわからない実感をしながら、二人で駅前に出た。
 夜を明るく彩るクリスマスネオンを見上げながら、ああ、何か俺、確かにすっごく息が詰まってたかも。と思う。
 たくさんの人の影。溢れる光の群れ。そしてひとときの幻想。
 一緒に歩いているのが、彼女ではなく野郎だというのが、少々切なくもあるけれど。
 受験生のクリスマスに、こういう気晴らしをくれる友人との時間というのも、かなり、悪くない。
 華やかな街の、賑やかな大通りを二人で歩きながら。
 受験が終わった後の春休みには、バイトでもして、この友人にストーブを買ってやろうとか、そんなことをぼんやりと考えた。

... ... ... END.
← Back

[感想フォーム]