[Novels]

【こぼれる秋を、手紙に添えて】


 秋も深まり、空が青く透き通る今日この頃、早苗様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
 そちらでの生活には、もう慣れましたか? 長年住み慣れたこの町を懐かしく思われることもあるのでしょうね。こちらは相変わらずです。私も元気だし、グリも

 居間のちゃぶ台に向かい、手紙をしたためていた私は、さざめくような女の子の泣き声に顔を上げた。
 出窓の棚にのせてある鳥籠の中で、小桜インコのグリが落ち尽きなく、止まり木の上をうろうろしている。ゆっくりと立ち上がり、窓を開けて外を見た。
 庭の生け垣に隠れるようにして、女の子がしゃがみ込んでいるのが見える。二軒隣の、三宅さん家の女の子だ。どうしたのだろうか。気になって、サンダルを履いて駆け寄った。
「どうしたの?」
 白いレースのブラウスに、赤いチェックの巻きスカートを履いている。そのスカートで何かを包むようにしてしゃがみ込んでいた彼女は、泣きながら、スカートを広げてみせた。
「お母さん、が、捨ててき、なさい、って」
 しゃくり上げながら訴える。赤いスカートは、橙色の小花で埋め尽くされていた。
「金木犀か。いっぱい集めたんだね」
 涙を流しながら頷く。なるほど。確かにここ数日、近くの公園の金木犀が一斉に花をつけ、垣根を橙色に染めていた。家からは見えないその様子も、朝、窓を開けるたびに届く香りで知ることができるほどだ。甘い香りのする花は、子供にとっては宝物に思えることもある。きっと、嬉しくてたくさんあつめたものの、持って帰ろうとして母親にとがめられたに違いない。もともと落ちていたものとはいえ、捨てるという行為がとても辛いのだろう。
「捨てるのが嫌なら、貰ってあげようか?」
 貰ってどうなるというものでもなかったが、泣いている彼女を見ていると、何かしたくなった。
「いい、の?」
「もちろん。ちょっと待っててね。篭、取ってくるから」
 急いで台所に行き、ちょっと古くなったプラスチックのザルを持ってくる。女の子と一緒に、そっと移し替えたその花は、小さめのザルをいっぱいに埋め尽くした。
「ありがとう。大事にするからね」
 そう言うと、彼女は大きく頷いて、鼻をすすってから、
「うん。お姉ちゃん、ありがとう!」
 花もほころぶような笑顔で言って、走り去っていった。
 何となく、つられて笑顔になりながら、居間に戻ってちゃぶ台にザルを置くと、秋らしい、金木犀の香りが部屋中に漂い始めた。鳥籠の中で、グリも興味深そうにこちらを見ている。

 グリも元気です。そろそろ冬毛に生え替わる時期らしく、篭から出すたびに、どこかしらの羽が部屋に落ちるようになりました。

 手紙の続きを書きながら、グリを眺める。緑色で、グリグリなくから、グリーンでグリグリで、グリ。今、手紙を書いている相手、早苗さんにもらった、手乗りの小桜インコだ。酔っぱらいみたいな赤い顔と、白く縁取りのある、つぶらな黒い瞳が可愛い。
 しばらく世間話をしたためて、どうにも文章に詰まった私は、グリと遊んで息抜きをしようと、彼(グリは雄なのだ)を呼んだ。元気な返事が返ってくる。篭から出る気満々だ。
 入り口を開けて、手を伸ばしてやると、指先に飛び乗ってから、勢いよく部屋を飛び回った。ひとまず運動、と言ったところだろうか。
 その様子をながめながら、私は手紙に向き直る。早苗さんの誕生日祝いをしようと書き始めた手紙だが、プレゼントが決まっていなかったのだ。
 早苗さんは、高価な贈り物を好まない。もともと質素な生活を好んでしていた人で、心が豊かな人というのは早苗さんのことをいうのだというくらい、穏やかで素敵な人だった。誕生日に、お祝いの言葉を届けるだけで、何よりのプレゼントよ、と笑顔で抱きしめてくれた。
 ただ、今年はその早苗さんは近くにいない。だから手紙でお祝いしようと思ったのだが、手紙だけだとどうにも味気ない気がして、駄目だ。
「う〜ん。秋らしい、お金のかからない、何か」
 考えながら、グリを呼ぶ。ひらひらと手招きしてやると、勢いよくこちらに向かって飛んできた。
 飛んできて、何をどう、目測を誤ったのか。
 ずぼ。
 ちゃぶ台の上の、金木犀で満たされているザルの中に飛び込んだ。
「うわ」
 あまりのことに、吃驚して凝視していると、同じく驚いたらしいグリが、慌ててバタバタともがく。金木犀の池から、頭と体の半分だけを出して、羽をしきりにばたつかせる。金木犀がザルからバラバラ飛び出すのを見て、やっと我に返った私は、慌てて彼をすくい上げた。
 何、何、びっくりしたーっ! とばかりに、部屋を一周、ものすごい勢いで飛び回り、今度は正しくちゃぶ台の上に着陸する。「何事?」と目をまん丸にして首を傾げるグリが可愛くて、私は顔をにやりとゆるませながら、彼の頭をぐりぐり撫でてやった。
 掌にのせて、ひとしきり頭と首筋を撫でてやってから、篭に戻す。満足したらしいグリは、止まり木の上でゆっくりと羽を伸ばしてから、美味しそうに水を飲んだ。
「さて」
 プレゼントを考えて、手紙の続きを書こう。ついでに、散らばった金木犀も片づけなければ。そう思ってザルに目をやると。橙色の泉の中に、鮮やかな深緑の羽根が浮いているのが見えた。先ほどグリが飛び込んだときに抜けたものだ。
 指先で拾い上げる。翼の部分の、羽根らしい羽根だった。顔に近づけると、金木犀の香りがわずかに漂ってくる。ふと思いついて、私はその羽根を持ったまま、台所へ移動した。裏口の近くまで来て、再び羽根を顔に近づける。確かに羽根から、ほんのりと金木犀の香りがする。居間では、ザルからの香りなのか、羽根の香りなのか判らなかったが、羽根からの香りで間違いないようだ。
 私はうきうきした足取りで居間に戻ると、ペンを取った。
 早苗さんへのプレゼントはこれで決まりだ。早苗さんからもらったグリの羽根だし。金木犀の香りは、早苗さんも好きだった。
 そっと、金木犀の上に羽根をのせて、私は手紙を書き上げた。その羽根を便せんで包んで封をする。早速、ポストに出してこよう。香りが早苗さんに届くように。ささやかな秋のプレゼント。何よりのプレゼントよ、と、笑ってくれるだろうか。そう思いながら。

 こぼれる秋を、羽根に添えて。
 お誕生日、おめでとうございます。


.. ... ... ...END.

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