[Novels]

【尖塔より愛を込めて -01 】
 私立西遠(さいおん)学園。中等部と高等部からなるこの学園は、生徒総数約3000名という巨大さを誇る、県内屈指の進学校である。
 小高い山の上、正面を除く三方を森に囲まれた敷地の中央には、ノイシュバンシュタイン城さながらの、どこからどう見てもお城にしか見えないということで有名な校舎が建ち、その東と西には、何を思って建てたのか疑問に思うほどの、高い尖塔がそびえ立っている。
 西の塔には深い池、東の塔には高い森が、それぞれ塔を取り囲むように存在しており、故に生徒達はそれぞれを、池の塔、森の塔と呼んでいた。
 その森の塔へと続く渡り廊下を、高等部生徒会の面々が足早に歩いていた。
 夏休みが明けて幾日かが過ぎた昼休み。まだ蒸し暑い空気が、多分に湿度を感じさせる熱風となって通り過ぎていく。残暑は厳しく、向かう尖塔さえも、陽炎に揺らぐ。
 そんな中にありながらも、外見に暑さを微塵も感じさせないのが、先頭を歩く生徒会長の吉村健二(よしむら けんじ)である。容姿端麗、八面玲瓏。その上、冷静沈着で文武両道。生徒達からは完全無欠と賞される男で、高校2年の後期から2期連続で高等部生徒会の会長を務めている。
 その後ろで、茶髪にピアス、学校指定の半袖カッターシャツを短く改造してシャープに着こなしている副会長の三谷成之(みつや まさゆき)が、何やら熱く、吉村に訴えていた。
「だからですね、会長。我々高等部生徒会としては、これ以上〈ストレイシープ〉の連中にでかい顔をさせておくのはマズイと思うんですよ!」
「でかい顔というと、具体的にどういう状況を言うんだ?」
 細い銀フレームの眼鏡を、長く形の良い中指で押し上げながら、吉村が抑揚のない声でたずねた。
 〈ストレイシープ〉とは、西遠学園に10年ほど続く生徒組織である。
 協力。協調。仲間意識。助け合い。そういう精神が薄れつつある昨今でありながら、未だに強い団結力と影響力をもち、学園内の風紀をとり仕切るといわれる自治組織。
 迷える羊を導く存在たれ! という思いから付けられたと言われるその組織名が、「迷い羊(stray sheep)」そのものである辺りに、組織創始者である初代総領の、英語偏差値の低さをうかがい知ることができる。初代総領、浅木晶(あさぎ あきら)。彼女の高等部卒業と同時に消滅すると思われていた〈ストレイシープ〉は、今や、6代目総領、九条ひなたがその後を継いでいた。
 表の生徒会。裏の〈ストレイシープ〉。棲み分けとしては何ら問題なく、でかい顔どうこうというものでも無かろうと、吉村としては思うのだが。三谷にとってはそうではないらしい。
「例えばですね、」
 真剣な眼差しで、訴えを続けた。
 そんな二人のやりとりを聞き流しながら、周囲の森に視線を馳せていた生徒会会計である水城梨花(みずき りか)は、森の中を軽やかに走るロマンスグレーの姿に、思わず足を止めた。
「ねえ、志村。アレって学園長?」
 吉村を呼び止め、夏の太陽にきらめく白髪の男性を指さす。
「そうだな。定例の見回りだろう。相変わらず、まめな方だ」
 志村という呼称をごく自然に受け流しながら、吉村は頷いた。
 よしむらけんじ。初めと終わりの一文字ずつを取ると「しむらけん」になるわね。という理由から、水城が名付けた呼び名である。経緯を聞いた人間のほとんどは「なるほど!」と納得こそするものの、実際にその呼び名を使う度胸があるのは、同学年で同じく生徒会に所属している水城くらいのものだった。
「あ、本当だ。やっぱ渋いな、学園長。俺、すっごく憧れてるんですよ。ああいう年の取り方したいよなぁ」
 後ろからのぞき込んで、三谷がしみじみと言った。
「サイダーがロマンスグレー? 無謀すぎでしょ」
「うわ。水城先輩、そんなソッコーで断言しなくても……」
 三谷ががくりとうなだれる。ちなみにサイダーというのも、水城が三谷に名付けた呼び名である。三谷→三ツ矢→三ツ矢サイダーという連想から名付けたらしい。そんな呼び名は嫌だと初めは抵抗していた三谷も、今ではすっかり呼ばれるがままだ。
 3人が特に意味もなく見守る中、ふと立ち止まった学園長は、軽く額の汗をぬぐうと、おもむろに片手を伸ばし、力強くステップを踏み始めた。
 濃い緑の森が影を落とす中で。リズム良くステップ・アンド・ターンを繰り返す学園長。
 タッタッタ・タン タンタ・タッタン タッタッタ・タン タンタ・タッタン
 軽やか、かつダイナミックな四拍子。スリムなシルエット。その額にキラリと汗が光る。
「なんて情熱的なタンゴなんだ」
 三谷はその姿に見入ったままで、ほぅとため息を漏らした。
「タンゴ……?」
 その隣で吉村が軽く首を傾げる。
「学園長。どこまでも俺の憧れの人だ」
 満足げに呟く三谷。しかし、びしりとラストを決めて、満足げに額をぬぐった学園長は、深呼吸とともに、こう言った。
「ふう、たまにはヘソ踊りというのもいいものだな」
 凍り付く三谷に水城がにやりとした笑みを浮かべる。
 憧れのロマンスグレーがヘソ踊り。多感な少年期にある三谷には、それだけでも厳しい現実であるのに。さらに切ない現実が、走り来る職員の言葉とともに、彼に追い打ちをかける。
「学園長! 大変です。チャコちゃんが! チャコちゃんが脱走しました!」
「なんだってーーーっ? 本当かね?」
 呆然とする生徒会の面々の前で、取り乱す学園長。
「はい。先ほど見たら、篭の中はもぬけの殻で」
「そんな、私の可愛いチャコちゃんが脱走だなどと、そんな。ああ……。探せ! 探すのだ! ああ、チャコちゃん。チャコちゃーーーん!」
 大声で呼びながら去っていく二つの影を見送って。
「サイダーの憧れ、ね。なれそうね。ロマンスグレー」
 水城が心底楽しそうに呟いた。
「水城、あまり三谷をいじるなよ」
 吉村は軽く水城をたしなめると、すっかり肩を落とした三谷の背中を、励ますように軽く叩いた。
「うう」
「それにしても、チャコちゃんって何なのかしらね? 猫?」
 水城の疑問と湿った風は、悲しく切ない少年の嘆きを、あっさりと空に巻き上げていったのだった。

つづく
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使用お題
20 「なんて情熱的なタンゴなんだ」
23 「ふう、たまにはヘソ踊りというのもいいものだな」

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