[Novels]

【尖塔より愛を込めて - 02】
「……具体的に、何だったかな」
 気を取り直して、森の塔最上階に位置する生徒会室へ向かいながら、吉村が三谷に声をかけた。
「へ?」
 学園長の行動と、心ない水城の言葉にすっかり頭を垂れていた三谷が顔を上げる。
「〈ストレイシープ〉の、どの辺がでかい顔だと言ってたんだっけ?」
「そうですよ! そうでした! すっかり忘れてました」
 思い出して拳を握り、再び表情に熱意を灯らせる三谷の様子に、水城が小さく「単純」と呟いたのを吉村は内心で苦笑しながら聞き流す。
「最近、中庭でカツアゲしてる連中がいるっていうのをききまして」
 水城の言葉は聞こえなかったらしい三谷は、歩きながらも熱心に説明を始めた。
 生徒会室前と中央昇降口付近に2つ、生徒会が設置した「ご意見箱」がある。そこに数日前、中庭でカツアゲしている生徒がいるからなんとかして欲しいという投書があったため、詳しい状況を確認すべく、三谷は中庭に張り込んだのだという。しかして、カツアゲの現場を目撃。いざ現場を取り押さえようと、飛び出しかけたところで、三谷よりも一足早く現れたのが、〈ストレイシープ〉の裏番連中だった。
「カツアゲをなんとかしてくれというのは、生徒会に来た要望ですよ! 奴らの出る幕じゃない!」
 その意見もどうだろうかと思いつつ、吉村は続きを促す。
「だから、言ってやったんです。校内の、特に高等部の問題は、我々高等部生徒会が責任もって対処するから、お前らは出てくるなと!」
「うん。それで?」
「そしたら、あいつら、あいつら……!!」
 ふるふると拳を震わせて、奥歯を噛みしめる。いったい何を言われたのだろうかと、数歩後ろで聞いていた水城も、息を飲んで続きを待った。
「校内の風紀と自治は〈ストレイシープ〉が守っている。生徒会はせいぜい、風紀を乱した連中に対する罰則規定でも考えていろって、そう言いやがったんですよ!」
 ありがたいことじゃないか。思わず、吉村と水城はそう思ったが、口にはしないでおいた。三谷の怒りに油を注ぐような真似をするほど、愚かな二人ではない。
「馬鹿をいうなと。俺にだって、生徒会としてのプライドってものがあるんですよ」
 いつもならエレベーターで上るところを、三谷の語りにあわせて階段に変更しつつ、吉村は黙って耳を傾けている。その後ろを黙ってついて登りながら、水城は螺旋状に長くのびる階段を忌々しげに見上げた。塔は12階建て。細身の外見に似合わず、人並み外れた運動神経を持っている吉村や、喧嘩上等をモットーに、常に体力づくりをしている三谷は良いとしても。通常、体育の時間以外に運動をする機会のない水城には、かなり体力的に厳しいものがある。
 この階段を、汗一つかかずに登っていく吉村も、ずっと話をしながらであるにも関わらず、息を切らさず登っていく三谷も、水城にとっては未知の生き物であるように思えた。
 そんな水城の思いをよそに、三谷は切々と話し続ける。
 生徒会としての意地をかけて、勝負を挑んだこと。
 しかしあっさりと断られ、むかつきのあまり「負けるのが恐いのか?」と挑発した三谷に、面倒くさげに顔をしかめた裏番は言った。
「そこまで言うなら受けて立たないこともない。ただし、俺が勝ったら、お前には醤油を一升、飲んで貰うからな」と。
「受けて立たないこともない、ですよ。馬鹿にしてんのか!」
 思い出しても腹が立つ。という様子で、三谷は声を荒げている。
「確かに裏番は有段者だって噂ですけど。そういう条件出せば俺が諦めるとでも思ってんのかっつー話で、」
「それで醤油を一升飲んだのか?」
 いい加減聞き疲れてきたのか、吉村が三谷の興奮を遮るようにたずねた。
「飲んでませんよ! 何ですか。会長は俺が負けたと思ってるんですか?」
 心外だとばかりに嘆く三谷に、
「いや、そうじゃなく。醤油を一升飲むと、浸透圧の関係で体中の水分が外に流れて死ぬというのは、あまりにも有名な話だが、真偽のほどはどうなんだろうかと思ってね」
 飲んでないのなら、良いんだ。と、吉村が答えた。
「サイダーが、飲まなかったってことは、相手が、飲んだの?」
 11階分の階段登りで息を切らしながら、問いかける水城。その質問にしばらく黙り込んだ三谷は、やがて悔しそうに言った。
「……力互角で引き分けでしたから。どっちも、飲みませんでしたよ」

つづく
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使用お題
16 「それで醤油を一升飲んだのか?」
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