[Novels]

【尖塔より愛を込めて - 06】
 ひなたの顔に、吉村の影が落ちる。その瞬間。
「そこまでよ!」
「調子に乗るなよエロ男!」
 生徒会室の扉が大きな音を立てて開くと同時に、ステレオ効果抜群のハモリ声が吉村の行動を遮った。そのアイドルばりのキュアボイスに、吉村が顔を上げる。
 視線の先に、ふたりの少女が威圧感漂う空気を纏って立っていた。
 学校指定の夏用半袖ブラウスが、まぶしいほどに白く輝いて見える。
 膝上15センチのスカートが、湿った空気に揺れている。
 雰囲気の異なるふたりの少女が、それぞれに小さなポーチを下げた腕を胸の前で組み、吉村を睨み付けていた。
「でたな。キワモノども」
 ゆっくりとひなたを背中にかばうような形で前に出ながら、吉村はずれたままになっていた眼鏡を指先で戻す。
 その様子を給湯室から盗み見ていた水城は、小さなため息を漏らした。
「よりによって、2年の表番が来るとはね」
「表番? あれが?」
 隣で三谷が、信じられないという声を出す。無理もない。ひなたの唇の危機に現れたふたりは、間違いなく三谷のクラスメイトであり、可愛いくて、男子連中に評判ではあるものの、どちらかというと大人しく、〈ストレイシープ〉とはほど遠い位置にいるような仲良しふたり組なのである。
「2年表番よ。最近は裏番の方が活動的で、どっちが裏だか表だかわからないのも事実だけど。でも。キワモノなのは、間違いなく表番ね」
 言いながら、水城は身を乗り出すように生徒会室をのぞいている三谷のカッターシャツを引っ張る。
「何ですか?」
「少し下がっていた方が良いわ。扉も閉めましょう。危ないから」
「危ない?」
「ええ」
 詳しい説明をする気はないらしい水城に、釈然としないものを感じつつも、三谷は大人しく水城の指示に従って、そっと生徒会室と給湯室を仕切る引き戸を引いた。僅かな隙間だけをあけ、そこから文字通り盗み見る。ちょっと情けない格好ではあったが、普段大人しいクラスメイトがどういう行動を起こすのかという興味の前にあっては、とりたてて気にすることでもない。
「それ以上、私たちの総領に手を出すのはやめてもらいましょう」
 スカート裾をわずかに揺らしながら、柔らかなウェーブのかかった、茶色い髪の少女が言う。その隣で、黒い髪を肩で切りそろえた、日本的美少女という単語がぴったりとはまりそうな少女は、無言のまま吉村を睨み付けている。
 そんなふたりを前にして、吉村は軽く鼻で笑った。
「ふん。そんなものは俺の自由意志だろう。表番ごときにどうこう言われる筋合いはないね」
「どうしても、というのならば、〈ストレイシープ〉表番として、容赦はしない」
「良いだろう。どう容赦しないのか、見せて貰おうじゃないか」
 実に楽しそうに口元を歪め、慣れた手つきで眼鏡の中央を押し上げると、吉村は声を高めた。
「2年表番とは、一度手合わせをしてみたかったんだ。色々と有名だからね」
 ひなたに後ろに下がるよう手で合図して、一歩、ふたり組に近づく。
「2年表番、東条まどか!」
 柔らかなウェーブが風に揺れる。
「同じく、2年表番、笹森有紀」
 艶やかな黒髪が、さらりと音を立てる。
「「参る!」」
 高らかに鳴り響くゴングのように。戦いのボルテージを高めるべく、キュアボイスが鋭くハモる。
 その言葉に、吉村の高揚した声が重なった。
「It's showtime!」
 発声と同時に、ポーチを投げ捨てて一気に間合いを詰める東条まどか。即座に繰り出した手刀が吉村の頬をかすめた。それを紙一重で避けながら、続く笹森有紀の肘打ちを軽く左手で払う。バランスを崩した笹森の隙をついて、軽くその背中を押しのけながら、東条まどかの顔面めがけてハイキックを繰り出す。
 空を切る音が、生徒会室に散る。
 目の前で繰り広げられる情景に、ひなたは座り込んだ姿勢のまま、ずるずると部屋の隅に避難した。
 「はっ」と小さく息を吐き出して、東条まどかはハイキックから逃れるように後方へと飛んだ。ひらめくスカートを、慌てて手で押さえる。スカートが動きを邪魔して、思い切った攻撃ができない。
 バランスを崩して膝をついた笹森有紀が、悔しげに唇を噛みしめた。2対1にも関わらず、圧倒的に形勢不利な状況である。
「く。伊達に会長やってないわね……」
 すかさず間合いを取りながら、笹森が言葉を呟く。
「仕方がないわ。こうなったら変身ね」
 相棒に目配せをしながら、東条まどかが言う。
 その言葉に、給湯室からのぞいていた三谷が「はぁ?」と言葉にならない疑問の声を漏らした。
「変身するわよ!」
「向こうを向いてて!」
 ビシリと指を突きつけられて、吉村は無言で首を傾げる。
「レディの生着替えを堂々と見ていようというの?」
「変身するから、向こうを向いてて!」
 呆れたように肩をすくめる吉村に、
「後ろから攻撃するような、卑怯な真似はしないわ!」
 強い意志を持って、東条まどかが言葉を投げかける。
「……わかった」
 どうとでも好きにしろ。と、吉村が後ろを向く。その様子に、三谷が戸惑ったように水城を振り返った。
「気にすること無いわ」
「え、で、でも」
「気が引けるのなら、しばらく目だけつぶってなさい」
「そ、そうします」
 素直に目をつぶっている三谷に、思わず笑みを浮かべてから、水城は生徒会室に視線を戻す。表番に背を向けた吉村は、ひなたに優しくほほえみかけたりしている。
 余裕だな。と、水城は内心で呟いた。
「三つ数えて振り返れ」
 柔らかなウェーブを揺らして、東条まどかが宣言した。
「1」
 慣れた手つきでブラウスのボタンをはずす。
「2」
 ポーチを拾い上げ、中からウサ耳を取り出して頭にはめる。
「3」
 スカートのホックを外し。
「変・身!」
 足下に落ちたスカートを蹴りあげ、ブラウスを高く投げ捨てて、吉村が振り返るのと同時に、表番ふたりは腕を伸ばしてポーズを決めた。お尻の上で、白く丸い尻尾がピコリと揺れた。
「よりによってバニーかよ」
 カウントダウン終了とともに目を開いた三谷は、変身後のふたりの姿に思わずがくりと脱力してしまった。
 大人しい。男子に可愛いと評判の高いクラスメイトが。表番で、しかもバニー。滅多に見られるものではないが。見て嬉しいかと問われると、かなり微妙であった。
「覚悟なさい!」
 脱力の余り顔をしかめている三谷の心境など知るよしもなく。東条まどかは攻撃の構えをとりながら吉村に言い放った。
「どこからでもどうぞ」
 余裕しゃくしゃくな態度で、それを受け流す。
「では改めて」
「「参る!」」
 左右から同時に飛びかかり、足下と顔面に、同時にキックを繰り出す。すかさず後ろにかわし、その反動で横に逃げる。連続で押し寄せる攻撃の波を右に左に避けながら、吉村はそれにあわせて揺れるウサ耳に気を取られていた。
 何のためにウサ耳なのかがわからない。どう見ても、ウサ耳飾りの付いたカチューシャにしか見えないのだが。しかし。それにしては、何か余計な飾りが一つ、左右の耳辺りについていつのが見える。
 ローキック。ハイキック。スカートが無くなったせいか、大胆に足技が繰り出される。スカートの下にこのレオタードを着ていたのならば、あまり違いもないだろうと思うのだが。その辺は、乙女心というものなのだろうか。
 そんな事を思い、吉村がふと気をゆるめたその刹那。
「食らえ! 目からビーーーーーム!!」
 東条まどかの叫びとともに、彼女の顔から真っ赤なレーザー光線が放たれた。
 反射的に身を捩る吉村。避けきれず、チリリと音を立ててシャツの袖が焦げるのを、吉村は唖然として見つめた。
「め、目からビームだとっ!?」
 吉村の、愕然とした呟きに、笹森有紀が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「我ら表番の技、思い知ったか!」
 誇らしげに言った笹森は、しかし次の瞬間、吉村が不敵な笑みを浮かべていることに気づいて思わず後ずさった。
「なるほど。面白い。ならば、」
 にやりと口元を歪めて、大きく息を吸い込む。
 得体の知れない緊張感が走った。
「口からファイアーーっ!」
 ゴウと音を立てて、炎の帯が吉村の口から放たれた。
「きゃあっ!?」
 余りのことに、しゃがみ込む東条。その頭の上を、真紅の蛇がうねるようにかすめ去る。
 ウサ耳が、嫌な臭いを立てて溶けた。
「き、奇人変人コンテスト……」
 部屋の隅に座り込んだまま、ひなたが無意識に呟いた。
 その声に、穏やかな笑顔で吉村が振り返る。
「世界びっくり人間大集合といってもらえるかな?」
 言い方変えただけじゃないかと思ったけれども。常識人であり、びっくり人間ではありえないひなたには、曖昧に頷くことしかできなかった。

つづく
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使用お題
1 「It's showtime!」
25 「三つ数えて振り返れ」
24 「変・身!」
28 「よりによってバニーかよ」
26 「め、目からビームだとっ!?」

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