[Novels]

【尖塔より愛を込めて - 07】
「そんな。口から炎なんて……!」
「なんて、なんて非常識な……!」
 二年表番ふたり組が、下唇を噛みしめ、呆然と呟いた。
 東条まどかのウサ耳は、すっかり溶けて形を変えてしまっている。
「あの耳じゃ、もうビームは出せないわね」
 安全地帯である給湯室から、一連のバトルを眺めていた水城の言葉に、三谷がぽんと手を打った。
「なるほど! 目から、じゃなくて、耳からビームだったのか!」
「正確には、ウサ耳部分でエネルギーを作り出して、あの、両サイドにある放出装置からビームを出しているの」
 そう言って、ウサ耳カチューシャを指さす。確かに、何か左右に小さな飾りが付いていた。
「へえ。詳しいんですね」
 何気ない三谷の問いに。
「当たり前でしょ。私が作ったんだから」
 水城はやはり、さらりと答えた。機械化学部というのは、そんな謎兵器まで作るのか。と、別の意味で非常識な解剖部所属の三谷は、心の中だけでそう思う。
 むしろ、なぜ水城の作ったそんな兵器を、2年表番(しかもクラスメイトだし)が使っているのかという事の方が気になったが、それはそれで、何となく恐くて聞けなかった。
「なんにせよ、ビーム出せないなら、もう、表番に勝ち目はないですよね」
 極力自然に、話題を変えてみる。
「どうかしら。むしろ、もっと面倒なことになりそうだけど」
 予想に反した水城の言葉に、三谷は辛うじて表情の動揺を押し殺し、心の中で叫んだ。
「さらにこれ以上かよ!」と。

 勝利を確信したような吉村の笑みを前にして、表番ふたり組はそれぞれに「くっ」と顔を歪めた。追いつめられた美少女戦士を彷彿とさせるその表情に、吉村は悪役っぽく腕を組んで胸を反らすと、嘲るように言い放つ。
「ふはははは! 所詮はその程度か! 表番が聞いて呆れるな!」
 そんな吉村の背中を見上げながら、ひなたはぼんやりと、楽しそうだなぁと思った。
 驚くことが多すぎて、少々感覚が麻痺してきたのだろうか。本来ならば、すぐに給湯室に避難していても良いような状況であるにもかかわらず。逃げるなら今しかないだろうというような状況にもかかわらず。ひなたは座り込んだまま動くことができない。
 むしろ次第に、もっと、この楽しそうな吉村を見ていたいという気分になりつつあった。
 幸い、世界びっくり人間バトルも終局を迎えそうな状況である。もうしばらく、ここにいても、さして問題はないだろう。ひなたは、ぼんやりとそう思う。
 その判断が、わずが数秒後には激しい後悔に変わることなど、混乱でショートしたひなたの脳みそでは、到底思いつくことができなかった。
「まさか、こんなに追い込まれるとは思っても見なかったわ」
 ふふ。と、遠い目をして東条まどかが笑う。
「本当にね。変身しても勝てないなんて。さすがは生徒会長だわ」
 自らの細い体を抱きしめながら、笹森有紀が現状をかこつ。
「「でも! 私たちは負けない!」」
 寄り添うように立ち、手を取り合って、キュアボイスで叫ぶ。
「所詮、あなたは生徒会長という名の独裁者よ! 私たちの熱い絆を前にして、その孤独を思う存分嘆くが良いわ!」
 言葉を投げるように手を伸ばし、東条まどかは鋭く言い放つ。
「私たちを本気にさせたこと、あの世で後悔すればいいわ」
 お互いに向かい合い、両手を絡めるように繋ぎ、囁くように告げる笹森有紀を、吉村は怪訝な顔で眺めた。
 目を閉じ。おでこをくっつけ合うふたり。どこか倒錯的なその光景に、本能的な危険を感じて、吉村が身構える。
 張りつめる空気。雨が降り出す直前の、土の香りが風に混じって生徒会室を包み込んだ。
「まずいわ。サイダー、顔を引っ込めて! 扉を閉めて!」
 給湯室で水城が指示する。
「え? え?」
「はやく!」
 戸惑う三谷を無理矢理扉から引きはがし、扉を完全に閉め、素早く身をかがめる。
 直後。
「友情パワー!」
 教室中の空気を揺るがすような、高らかなキュアボイスとともに。
 バリバリバリっと、周囲が音を立てて揺れた。
 ふたりを取り囲むように、教室中を消し去るような閃光が走る。
「帯電!?」
 ピリピリと暴れる髪の毛の動きに、吉村が呟いたその瞬間。
 轟音を立てて、電流の柱が、ひなた目がけて放たれた。
「え?」
 迫り来る放電の渦。電撃の白刃。恐怖とまぶしさに目を閉じるひなた。
「!」
 刹那。目を閉じたままの、ひなたの世界が揺れた。
 ビリビリと肌を逆なでながら走り去る、空気を引き裂くような放電音。そして静寂。
「痛……」
 耳元で聞こえた小さなうめき声に、ひなたは目を開いた。
 吉村が、ひなたを床に押し倒して覆い被さっている。ひなたは慌てて身じろいだ。
 そのひなたの反応に、思い出したように体を起こした吉村は、素早くひなたの状態を確認すると、安心したようにほほえんだ。
 即座にかばってくれたのだと、ひなたは理解する。そして、ふと吉村のシャツの肩が、広範囲に渡って焼けこげているのに気づいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
 急いで焼けこげた辺りを確認する。無惨にぼろぼろになった制服に比べると、吉村の体自体への影響は少なかったようで、日焼けの後を思わせる程度に、軽く赤くなっているだけだった。
 とはいえ、軽度の火傷である。範囲も、左肩全体と、広い。おそらく相当痛いに違いない。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、
「ごめんなさい。私が避けられなかったから」
 そう謝るひなたの手を、安心させるように包み込んで。
「あなたが気にすることはない。愛しいあなたのためならば、むしろ、犬とお呼びください」
 吉村は極上の笑顔とともに、そう囁いた。
 笑顔に心動かされつつも。どこまでも訳が分からない人だと、ひなたは思った。
 それにしても、何故、私が攻撃されなければならないのだ。
 辛うじて、吉村の笑顔に耐えたひなたは、状況が判らないまま、表番ふたり組に視線を向けた。
「ま、まさか、そんな……」
 真っ青な顔をして、ふたり組が立ちすくんでいる。自分たちの行動に対する恐怖と後悔ゆえか、その足がガクガクと震えているのが見て取れる。
「攻撃目標、定められないのは判ってたけど……」
「まさか、総領に向かって放電するなんて……」
 目に涙を浮かべて、いやいやをするように首をふりながら、震える声で呟く。
「狙いが定められないような技、使うなよ……」
 ていうか、そういう技だって知ってたなら、止めに入ろうよ水城先輩。
 あまりにも常識を越えた爆音に、給湯室から飛び出して、吉村のもとに駆けつけていた三谷は、釈然としない思いで呟く。
「キワモノどもめ」
 苦虫を噛みしめたような顔で、前髪を書き上げながら小さく吐き捨てる吉村の言葉に、ああ、キワモノって、「際どいもの」ってことなのかぁ。と、三谷はしみじみ納得した。
「守るべきものを攻撃しておいて、なにが表番か」
 蔑むような目で、ゆっくりと立ち上がりながら吉村が容赦ない言葉を浴びせかける。
 その、明らかに殺気だった口調に、実は相当怒っているのかも知れないと、三谷は思う。それだけ、〈ストレイシープ〉の総領であるひなたを大切に思っているということなのだろうか。これも、両生類効果なのだろうか。複雑な思いでひなたを見ると、彼女はまだ座り込んだままで、心配そうに吉村の肩を見上げていた。
 何となく、吉村ラブだしね。という水城の言葉を思い出す。
 吉村は、どうなのだろうか。伺うように視線を戻すと、吉村は相変わらず恐い顔で、2年表番を睨み付けている。
 三谷は続けて、クラスメイトである表番に目を移す。
 バニー姿のふたり組は、すっかりうなだれて、懸命に手で涙を拭いながら、
「ごめんなさい。総領」
 消え入るような声で、ひと言そういうと、泣き声をハモらせて、生徒会室から走り去っていった。
 ああ。やっと静かになる。
 三谷が心底ほっとため息をついた。その時。
「志村、後ろ、後ろ!」
 水城の、危機迫った声が、給湯室から飛んできた。

つづく
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
使用お題
27 「友情パワー!」
3 「犬とお呼びください」
13 「志村、後ろ、後ろ!」
←Back ・ Index ・ Next →