[Novels]

【雷鳴 / 前編】
 風の中に、雨の気配を感じた。
「私は、糸を紡ぐものになるの」
 少女は、口元に薄い笑みを浮かべながら言った。
「運命とは、誰かが糸を紡ぐ際の副産物でしかあり得ないのよ」
 次第に広がっていく雲の陰の下で、湿った風が少女の髪を揺らす。
「誰かの幸運も不運も、力あるものが糸を紡ぐ際の、余波でしかあり得ない」
「…………」
「運命の輪は、神ではなく、力ある人間によって廻されるもの」
重さを増していく空気の中、歌うように紡がれる言葉に、久河は反論することができないでいた。
 少女の言うことは、おそらくは、正しい。この世において、最も人間との関わりが深く、人間に影響を及ぼすことのできる存在は、実際のところ人間以外にはないだろう。
「あなたは私に聞いたわよね? 何故、人に代わって人を殺すのか、と」
 冷ややかな瞳で、久河を見据える。
「ならば、逆に尋ねるわ。誰かが、心からその人に死んでもらいたいと願っているのよ? 私はその手助けをしているだけ。それは悪いことなの?」
「…………」
「誰かが悲しむから殺してはいけないとか、言うのかしら? ねぇ? 誰かを殺したことのない人なんて、この世にいるのかしら? あなたの行動が、周り回って誰かの死へと繋がっている。そんなことが、無いと、あなたは言い切れるの?」
 重い空気を、遠くから近づいてくる雷鳴が 細かく震わせ始める。
「法律で決まっているから駄目なだけよね。だとしたら、私は悪いことはしてないわよね。だって、法律に触れることは何もしていないもの。この手で人を殺したことはないもの。」
 眩しい閃光が空を引き裂いた。
 間を置かず、地面を裂くような轟きが周囲を包み込む。
 辺りは一層 闇色を増し、雷鳴は雨を呼び寄せた。
「ねぇ? 私とあなたと、いったい何が違うというのかしらね?」
 叩きつけるような雨の中で。
 少女は嘲るように口元を歪めると、ひらりと手を振って、久河の前から走り去った。
 容赦なく降りしきる雨に濡れながら、久河はただ、立ちつくす。
 少女の言葉だけが、激しい雨音の混じって、耳の奥に残った。


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