[Novels]

【林檎】
 一瞬、耳鳴りがした。
「へ?」
 今にして思えば、あれはあまりにも間抜けな返答だった。
 多分、佑耶もそう思ったんだと思う。すこし黙って、それからぽつりと言った。
「つきあうの、やめたいんだ」
「……そう」
「……そういうわけだから」
「……うん。わかった」
 本当は、何がそういうわけなのか、さっぱりわからなかったけれど。むこうから話してくれないなら、わざわざ聞くものでもないかなと思って、それだけ答えた。
「じゃあ、俺、次、テストだから」
「あ、うん。がんばってね」
立ち上がる佑耶に、そういって軽く手を振ったら、少しだけ困ったように苦笑いして、
「ん」
と、曖昧な返事を返された。
 誰もいなくなった生物科講義室の、窓際の席に座ったまま、ひんやりと冷たい机の上に顔を伏せる。月曜日特有の、妙に透き通った空気が鼻先をすり抜ける。
 驚くほど、動揺はなかった。むしろ、かなり冷静に、状況をそのまま受け止めていた。
 そうか。これでつきあい、終わっちゃうんだ。なんだかとても不思議な気分だ。
 やっぱり最近、甘えきってたのがいけなかったのかな。待ち合わせの時間とか、平気で遅れて行ってたし。あのときは佑耶、笑ってたけど、本当はとってもあきれてたのかもしれない。
 机に頬を乗せたまま、外の景色を見るともなしに見ていたら、思い当たることが次々に出てきた。
 この前、健司と二人で映画に行ったの。あれがまずかったかな? それとも、試合の時、お弁当作るって約束したのに、寝坊してコンビニサンドイッチを持っていったからかな。それとも……。
 こうやって思い返してみると、なんだか全部、原因なんじゃないかと思えてきた。
 そうかぁ。つまり、私のすべてが駄目ってことかぁ。
「残念」
声に出してつぶやいたら、ひどく、惨めな気分になった。
 授業の始まるチャイムが、なっていたような気もしたけれど、はっきり言ってもう、そんなこと、どうでも良かった。突然見知らぬ人に、何の脈絡もなく林檎を手渡されたみたいに。突然、受け取った事実に、どうしていいかわからないまま、ただぼんやりと、それを眺めて、突っ立っていた。
 それからのことは、あんまり覚えていない。
 気付いたらきちんと家でご飯を食べていたし、姉ちゃんが彼氏と電話で大喧嘩しているのも聞こえたし、お風呂に入って普通に眠ったし。ただ、カレンダーを見たら、いつのまにかまた月曜日になっていて、あれから一週間たったんだって、気がついた。
 鞄の中から携帯をとりだして、メールチェックをしてみる。
 やっぱり、佑耶からのメールはなかった。
 そういえば、顔も全然見ていない。
 つきあっている時は、毎日会ってたのに。あんなに普通に、会ってたのに。クラスが違うと、こんなにも会わないものなんだって、初めて知った。
 ひとの繋がりって不思議だ。つきあうとか、そういう約束一つで、こんなにも変わるんだ。
 こんなにも……。
 もう、当然のように、佑耶に会うことは、できないんだ。
 改めて、思った。急に、のどの奥がひりひりした。
「っ」
 気がついたら、涙があふれて止まらなかった。
 別れるって、こういうことなんだ。
 嫌だ。なんで、今まで、気付かなかったんだろう。
 嫌だ。こんなの、嫌だよ。
 声にならないくらい。苦しくて、悲しくて。
 どうして、こんなことになったのか、わからなくて、わからないのがまた、悲しくて。
 泣いて、泣いて、泣いて、握りしめた携帯で、必死にメールを打った。
 恋人のつきあいが駄目なら、それでも良い。
 でも、このまま、二度と、会えなくなるのは、嫌だった。
 好きだから。
 もし、嫌われてないなら。
 どうか。
 
 手の中で、携帯がふるえた。
 佑耶からのメール。その振動が、凄く暖かくて、泣きながら、ちょっとだけ笑った。


 ... ... ... END.


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