[Novels]

【無題SS - 09】
「君が本来、求めていたものは、変化であったはずだ」
 違う? と、のぞき込むようにして尋ねられた。
「変われない自分へのきっかけとして、本来、海は存在したはずだ」
 そうだね? と、眼鏡の奥にある、深い輝きを湛えた瞳が私に問う。
 私はただ、言葉無く頷くだけだった。

「海は、ただ、ここにあるだけだ。それ自体に意味はない」
 ゆるやかに、おだやかに、響く波の音に乗せて。
「君が思い違いをしている、と言ったのは、そういうことだよ」
 意味を見いだし、意味を持たせるのは、他でもない、君自身だ。
 言葉ではない、もっと、深い何かが、そう、心に語りかけてくるようだった。

「どうすれば、いいの?」
 泣きそうになりながら。
 こんなこと、教えて貰おうとしている自分が、すごく情けないと思いながらも。
 助けを求めるように、彼を見た。
 一瞬だけ、遙か彼方を見つめて。彼が、答える。
「きっかけは今、俺が、与えた」
「……海」
「そうだ」
「でも」
「日常に変化を起こしたいなら、いくらだって方法はあるだろ」
「その方法が、わからないって言ってるんじゃん!」
 叫んで。
 自分の声に、驚いた。
 大きな声を出すなんて、すごく、久しぶりだと、気付いて。
「いきなり大きく変わろうとするから、先に進めなくなるんだ」
 心配しなくても、すでに変化は始まっている。
 注がれた、優しい声に、世界が潤んだ。
「小さな事で良いんだ。積極的な変化を追えるなら。クラブ活動に励むとか」
「生徒会に、立候補するとか……?」
「そうだね」
 彼が、笑う。
 つられて、私も笑った。
 潤んだ世界が、しだいに輪郭を失っていく。
 震える声で、うつむきながら、言えることはひと言だけ。

「ありがとう。先輩」

 その言葉に、彼はまた、小さく笑った。

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