[Novels]

【鳥篭の歌】
 鳥は歌う。
 広く青い空の下。
 音を立てて揺れる、やわらかな草葉の懐で。
 ざわめく風を聞きながら。
 鳥は歌う。鳥篭の歌。



 風の強い日だった。
 仕入れてきたばかりの鳥たちを、店主は順番に篭の中へと放してゆく。
 瑠璃の鳥、翡翠の鳥、緋色の鳥。いくつかの鳥を、いくつかの篭にわけて放す。
 鳥たちは、小さく羽ばたいて、篭の中で大人しく羽を休める。
 その様子を満足そうに眺めて、店主はどこかへと立ち去った。
 外では、風が壁をこする音が聞こえていた。

「…………」
 鳥篭は、入ってきたばかりの緋色の鳥をじっと見ていた。
 緋色の鳥は、ほかの篭に入れられた、ほかの鳥よりも、幾分、不機嫌なようだった。

 そうして、幾日かが過ぎ去った。

「おい」
 風のない日だった。
 細かい雨の降る音だけが、店の中に染み込んでくるようだった。
「…………」
「聞いてんのかよ。返事くらいしろよ」
 緋色の鳥は、不機嫌なままで、話しかける。
「何か、用……?」
 小さな小さな声で、鳥篭は答えた。
「俺はいつまで、ここで、こうして、じっとしてなきゃなんねぇんだ?」
 イライラを噛み潰すように、鳥は言う。
 その問いかけに、鳥篭は不思議そうに首を傾げた。
「誰かが買ってくれるまで、でしょう?」
「誰かが買ってくれたら、俺はここから出られるのか? 自由に空を飛べるのか?」
 責め立てるような声に、鳥篭はしばらく口を閉ざす。
「おい。聞いてんだよ。答えろ」
「…………」
 飼い鳥は、買われていっても篭の中。
 そこから出ることなど、叶わぬ夢と、鳥篭は心の中でつぶやいた。

 それから毎日、朝が来るたびに、緋色の鳥は鳥篭に話しかけた。
 鳥篭がそれに答えることもあったし、答えないこともあった。
 周りの鳥たちは、そのやりとりを聞かないふりをして、てんでバラバラに歌を歌った。

「なぁ」
 少しだけ、風が吹いている、あたたかい日だった。
 緋色の鳥は、いつものように鳥篭に話しかけた。
「何……?」
「俺をここから、出してくれ」
 その言葉に、鳥篭は緋色の鳥に応えたことを、僅かばかり後悔した。
「それは無理な相談だわ……」
 小さな小さな声で、それだけ、答える。
「俺は色々考えた。俺は鳥だ。鳥って言うのは、空を飛ぶものだ」
 そうだろう? とでも言うように、緋色の鳥は鳥篭の中で羽を羽ばたかせる。
「俺がこの世に生まれた以上、俺の存在意義は、空を飛ぶことにあるはずだ」
「…………」
「この翼で空が飛べないのなら、生まれてきた意味がない」
 鳥篭はその言葉を、ひどく憂鬱な気持ちで聞いていた。
「俺をここから出してくれ。俺が生きている意味は、ここには無い」
 悲痛な、嘆きのようでもあった。けれども。
「そうかしら……」
 鳥篭は、苦々しく、ぽつりと呟いた。
「私は、そうは思わないわ」
 緋色の鳥は、訝しげに羽を閉じ、鳥篭の言葉に耳を傾ける。
「あなたは飼い鳥として生まれてきた。あなたは人に買われるために、人の手によって生まれてきたのよ」
 だったら、あなたの存在意義は、空には無いわ。あなたの生きる意味は、ここにしか、無い。
 緋色の鳥は、しばらく黙ったまま、ゆっくりと何度か羽を動かした。
「それでも、俺は、空を飛びたい」
 存在意義なんて、本当はどうでも良いんだ。と、鳥は言った。

 それから何日か、緋色の鳥は無言で過ごした。
 鳥篭から言葉をかけることは、一度もなかったし、緋色の鳥も、話しかけなかった。
 ただ、時々、静かに羽ばたく真似をした。

「俺は、空を飛びたいんだ。自分の翼で飛んで、自分で生きたいんだ」
 何日かたったある日、緋色の鳥は、まるで独り言のようにそう言った。
「外に出たら、死ぬわ」
 鳥篭も、誰にいうでもなく、呟く。
「それでも、良いんだ。どうせ、いずれは死ぬんだから」
 目を伏せて、そう答えて、緋色の鳥はまた、羽ばたく真似をした。
 鳥篭は黙って、ただ静かに何かを考えているようだった。

 風の強い日だった。
 外では風が壁をこする音が、何度も何度も響いていた。
 隙間風が店の中に入り込み、時折、落ちている鳥の羽を震わせた。
 鳥篭は、カタカタと小さく体をゆらしている。
 緋色の鳥は、その風に心を馳せるように、何度も何度も、篭の中で羽ばたいた。
 カタカタと、鳥篭はその小さな体を揺らしながら、小さく歌を口ずさむ。
 その歌に、店中の鳥篭が、僅かに緊張した空気を漂わせた。
 静かに静かに、歌は紡がれる。
 その歌を聴きながら、緋色の鳥は何度も何度も、羽ばたいた。
 歌はゆっくりと流れてゆく。静かに、穏やかに。目を閉じるように。
 店の中に、染み込むように。
「馬鹿なことはやめろ」
 ふいに、低い、しわがれた声が店の奥から響いた。
 古い古い、鳥篭だった。
「馬鹿なことはやめろ」
 けれども鳥篭は答えない。ただ、静かに歌い続ける。
「馬鹿なことは、やめろ」
 もう一度、しわがれた声が言う。
 その言葉に、鳥篭はほんの少し笑ったようだと、緋色の鳥は感じた。
 店の外を、鳥の入った篭を持った店主が歩いている。
 その姿に、鳥篭はより一層激しく、カタカタと体を揺らした。
 店主がゆっくりと、大きく扉を開くのと、強い風が店の中に入り込むのと。
 そして、鳥篭が大きく棚から飛び降りたのは、ほとんど同時だった。
 大きな音と衝撃で、鳥篭が砕けるように壊れた。
 店主がなにやら叫く声が店に木霊する。
 緋色の鳥は、驚いた表情で、割れて大きく入り口の開いた篭の中から、店を見上げた。
 鳥篭は、まだ、静かに歌っている。
「とっとと失せるがいい」
 しわがれた声に、弾かれたように緋色の鳥は羽ばたいた。
 静かに、静かに、小さな声で、紡がれる歌。
 やかましく何かを叫いている店主の声など、届かぬほどに、静かに。
 緋色の鳥は、その歌を聴きながら、店主の脇をすり抜けて、外へと飛び出した。

「馬鹿なことを……」
 悪態をつきながら、壊れた鳥篭を捨てている店主を見つめながら。
 しわがれた声は、力無く呟いた。
 そして、静かに、歌を歌う。
 鳥篭が歌っていた歌。
 店中の鳥篭が、それにゆっくりと息を合わせた。

 静かに、穏やかに、もの悲しく響く。
 それは、鳥篭のための、鎮魂歌。

 強い風の中。
 淡く透明に広がる青い空の下。
 どこまでもどこまでも羽ばたく鳥の、その緋色は。
 淡い淡い青の下、ゆっくりと、ゆっくりと、小さくなって、消えていった。 


.. ... ... ...END.


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