[Novels]

【きらきら】
 昔々、大きな戦争があって。
 本当に頻繁に、大きな戦争があって。
 小さな戦争は、もっともっといっぱいあって。
 争いごとにうんざりした魔法使いが。
 世界中にあるすべての火薬を、胡椒に変えてしまったらしい。
 火薬の材料も、火薬になった瞬間に胡椒に変わってしまう。
 衝撃を与えると爆発してしまうような水も、衝撃が加わったとたん胡椒に変わってしまう。
 だから、岩を爆破して採掘をしていた大理石なんかも、すっかり取れなくなってしまった。

 そんなわけで、僕らの世界には、火薬が無い。

 まあ、世の中、火薬なんかなくても、結構なんとかなるもので。
 運動会のかけっこは、「よーい、どん」というかけ声で行われるし、火薬工場は胡椒工場になったし、戦争も、揉め事程度ですむようになった。
 未だに、北の谷でひっそり生きていると言われている魔法使いも、きっと満足していることだろう。

 けれど。僕らにとってその魔法は、一つだけ、うれしくない現実をもたらした。
 火薬が胡椒になる。それはつまり、花火も世界から無くなってしまったということなのだ。

「ということは、重々承知した上で、あえて、お願いがあるんだけど、いいかな、おやじ」
 誕生日を目前に控えた冬のある日、僕は、仕事中のおやじに話しかけた。
「……なんだ?」
 燃えさかる炎に、長い管を突っ込み、ゆっくりとかき回しながら、おやじが声だけで答える。
「前言ってた、誕生日プレゼントのリクエストなんだけど」
「ああ、決まったのか?」
 真っ赤な炎の中から、それ以上に真っ赤になった水飴状のガラスを引き出し、管からゆっくりと空気を吹き入れる。ガラスは音もなく膨らみ、次第に冷えて透明になっていく。
「うん」
「何かな?」
 器用にくるくると管を回しながら形を整えている。その背中に向かって、僕は意を決して言葉を投げた。
「花火が欲しい」
「ああ?」
 驚いて振り返るおやじ。その反動で、管の先で固まりかけていたガラスが、床に落ちて砕けた。
 ガシャン。と、ちょっと悲しい音が、仕事場にこだました。
「……うーん。そいつはまた、難しいことを」
 それも重々承知の上で。
「何でまた、花火なんだ?」
「この前、映像資料で見たんだ。どっかーんって、空に上がるやつ」
「打ち上げ花火か……。ううむ。お兄ちゃんが欲しいと言われた方が、まだ、何とかなる気がするが」
「兄ちゃんなんかいらないよ。シアンなんか、しょっちゅうブルーに殴られてるし」
「……しかし、なあ」
 足で散らばったガラス片をかき集めながら、おやじが唸る。
 無理だということは、わかっているのだ。僕だって、いつまでも子供じゃない。
「やっぱり、無理?」
 それでも、やっぱり、欲しいものは欲しい。
「……わかった。なんとかしておく」
 真っ赤にゆれる炎の釜を背にして、おやじはそう頷いた。

 *

「なんだって? カーディナル、そんな無茶をおやじさんに言ったのか!」
 マゼンダが、僕の話を聞いて、髪の毛を逆立てんばかりに怒鳴った。
「あーもう。女の子がそんなしゃべり方するなよ!」
「やかましい! カーディナルが馬鹿なことを言うから、怒ってるんじゃないか!」
 両手を腰にあてて、おでこがくっつくくらいの至近距離で睨んでくる。
「僕がおやじに何をお願いしたって、僕の勝手だろう?」
「だからって、お願いしても良いことと、悪いことがあるだろ」
 ぎゃーぎゃー、わーわー。半分わめくみたいにして言い合っている僕ら。はっきり言って、日常茶飯事だ。そんな僕らをしばらく眺めて、いい加減聞くに堪えなくなった頃、決まってシアンが仲裁に入った。
「二人とも、そのくらいにしておこうよ。近所迷惑になるし……」
 おどおどした口調で、でも、はっきりとよく通る声で、僕らをなだめる。
「シアンがそういうなら、このくらいにしておいてやる」
 ふん。と、鼻を鳴らすように息をついて、マゼンダがそういうのもいつものこと。
 それで、僕らは言い争うのが馬鹿馬鹿しくなって、その時は大人しくなる。
「で。おじさんはなんて答えたの?」
 僕の無茶なお願いの話を聞いて、シアンが尋ねる。
「うん。なんとかしておくって」
「なんとかって、どうするのさ」
 マゼンダが胡散臭げに僕をみる。そんなことは、僕に言われたってわからない。おやじに聞いてくれ。
「火薬が無い以上、花火なんて、作れるわけがないよねぇ……」
 シアンも、首をかしげた。
「……そうだよなぁ」
 三人で、首をかしげる。おやじが適当なことを言うとも思えないし。さっぱり想像がつかない。
「でも、まあ、僕だって、おやじが花火をくれるのを、黙って待っているつもりはないんだ」
 そう。無茶なお願いをした以上は、僕だって、それなりの手伝いはする。
「何をするつもりさ?」
「何か、できることなんてあった……?」
 それぞれに、興味深げに投げかけてくる視線を受けて、僕は胸を張って答えた。
「魔法使いをさがしに行くんだ!」
「北の谷へ?」
「そうさ!」
「歩いて?」
「もちろん!」
 北の谷は少し遠いけれど、歩いていけないことはない。怖い魔物が住んでいるとかで、立ち入り禁止にはなっているけれど、そんなこと言ってたら、物事は進展しない。
「魔法使いにあって、花火だけは胡椒にならないようにしてくださいって、お願いするんだ!」
 僕は、胸をたたいてそう宣言した。

 *

 僕と、マゼンダと、シアンと。三人で魔法使いをさがす旅は始まった。
 長い旅になるかもしれなかったので、お昼に一度、家に戻って、怪しまれない程度に食料を持って出た。
 どきどきと胸が高鳴る。
 花火への期待。魔法使いへの不安。未知の谷へのどきどき。

 けれども、そんなどきどきの旅は、思っていた以上にあっさりと終わりを迎えた。
「……なんで?」
 その光景を前に、僕らは言葉をなくす。
 北の谷へと続く道。その途中にある、大吊り橋が、切れて谷底に落ちているのだ。
 底が見えないくらい、暗くて深い谷。自力で橋を架けるなんてことさえも、できないと、すぐにわかってしまう。そんな地面の割れ目。
 無力な僕らは、かすかな安堵と、大きな失望を背おって、旅に終わりを告げた。

 僕らは無言で家に帰った。
 なんだかすごく情けなかった。
 そして、落ち込んだ気分のまま、僕は明日、誕生日を迎える。

 *

 誰かが窓を叩く音で、目を覚ました。
 外は真っ暗で、まだ夜中だとがわかる。暗闇の中でさえも、吐く息が白い。
 裸足で窓に駆け寄って外をのぞくと、マゼンダとシアンが、ローソクを片手に、こちらに向かって手を振っていた。
 慌てて靴下をはいて、コートを着込んで外に出る。
「お誕生日おめでとう。カーディナル」
 駆け寄るなり、二人にそう言われて、僕は照れ笑いがこぼれた。
「これ。ブルーが拾ってきたものなんだけどね……」
 シアンがポケットから、小さな銀色の破片を取り出した。
「言っておくけど、盗んだんじゃないからな。ちゃんと、ブルーに言って、もらったんだ」
 マゼンダが力説する。もちろん、僕だって、そんなこと疑ったりはしていない。
「それは、何?」
「ええと……」
「マグなんとかっていう、金属だって、ブルーは言ってた……」
 二人して、そのまま黙り込む。二人も良く判ってないんだってことだけは、しっかりわかった。
「とにかくな! 見てろ!」
 マゼンダはそう言って、銀色の破片を近くにあった切り株の上に置くと、ろうそくを近づけて火をつけた。
 とたんに、真っ白な光を放って燃え上がる金属片。
 ふぁしふぁしと不思議な音を立てながら、まぶしく輝き、やがて、消えた。
「うわぁ……。すごい」
 思わず、そんな言葉が口をついて出た。
「だろう?」
 目を輝かせるマゼンダ。
「花火にはほど遠いけど、でも、綺麗だよね……」
 シアンがはにかむように笑う。
 二人は僕のために、きっと、あれこれ考えて、これを探し出してきてくれたんだ。
 そう思ったら嬉しくて。
「ありがとう。ふたりとも!」
 僕は夜中だってことも忘れて、大きな声で二人にお礼を言って抱きしめた。

 *

 朝の光が瞼越しにまぶしく伝わってくる。
 でも、僕は眠たくて、ベッドの上でごろりと寝返りを打った。
 あの後、3人でしばらく話し込んでしまったのだ。思い出して、寝に戻ったけど。でも、眠い。
 ごろごろ。ごろごろ。眠い。
 しばらくそうやってごろごろしていたら、大きなノックの音とともに、おやじが部屋に入ってきて、僕の布団をはいだ。
「おはよう、カーディナル。誕生日の朝だぞ」
 何とか目を開けて見上げたおやじの顔は、俺と同じでちょっと眠そうだった。
「おはよう……」
 なんとかそう答えて体を起こすと、大きな手が僕の頭をかき回すように撫でた。
「外に出て待っていろ。今、プレゼントを持っていってやるから」
 言われて、首を傾げながらも、支度をして外に出る。
 外は一面、朝陽を受けて、きらきら光る雪の絨毯だった。昨晩は、暗くてあまり気づかなかったけれど。木の枝さえも、白く染まっている。
 冷たい雪を、きゅむきゅむと踏みしめながら、外をふらふらしていると、オヤジが木箱を一つ手に持って、家から出てきた。
 花火、なのだろうか。でも、そんなはずはない。だって、火薬は胡椒になってしまうし。何より今は、朝なのだ。花火は夜あげるもので、朝だと、見えないはずだ。
 そんな疑問が、しっかり顔に出てきたらしくて、おやじは気まずそうに、そのくせ、いたずら好きな子供みたいに、にやりと笑った。
 朝陽を指さして。
「あっちを見てろ。あの、枝辺りだ」
 そして、木箱から、丸い、二人分の両手でやっと包み隠せるくらいの、大きなガラス玉を取り出した。朝陽を受けて、ゆらりゆらりと輝いているそのガラス玉を。
「うりゃ」
 朝陽に向かって、力一杯放り投げる。
 緩やかな放物線を描いて飛ぶガラス玉。
 朝陽を反射して、きらきら光りながら。
 真っ白な世界で、両手を広げたような枝に当たって。
 砕けた。
 思わず息を飲む。
 砕けたガラス玉から、無数の、細かいきらきらが、朝陽を反射して、それこそ、七色に、きらきら、きらきら。
 雪の白さも反射して、虹色に輝いて、きらきら、雪に降り注いだ。
 そして、雪に吸い込まれて消えていく。
 駆け寄って見ても、ただ、透明な、小さなガラス粒が落ちているだけ。
「俺にできる、精一杯の花火だ」
 振り向いた僕に、おやじがそう言って、頭をかく。
「すまんな。本物の花火じゃなくて」
 僕は、言葉が出なかった。ただ、黙って、ぶんぶんと、それこそ頭が飛んでいくくらいの勢いで、首を振った。

 まぶしく燃える、金属を持ってきてくれた、マゼンダとシアン。
 手製のガラス玉を、砕くことで七色のきらきらをみせてくれたおやじ。

 この世界には、火薬が無くて。
 だから、花火は無いけれど。
 それ以上に素敵なものを、僕はもらった。
 素敵な、素敵な、誕生日。僕の、新しい年。

.. ... ... ...END.


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