[Novels]

【幸恋探して三千里】

「ごめんなさい」
 深く頭を下げられて、むしろこっちが恐縮した。
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
 身に付いた習性で笑ってみせると、彼女は安心したようにひとつ息を付いて、
「でも嬉しかったです。ありがとうございます」
 そう言い残して去っていった。
「……嬉しいならOKしてくれよ」
 思わず本音が漏れる。
 生徒会長、村井豊、17歳。
 高校生活3年目にして、5回目の失恋であった。

「何なんですかねー。やっぱり格好良すぎるってのが問題なんでしょーか?」
「完璧すぎて、側に居ると疲れそう、とかぁ?」
「まさか告白されるとは思ってなかったので、そういうの考えられません。って人も居たッスよねー」
「「「……なんか不憫ですね、会長」」」
「お前ら……」
 生徒会三役(副会長・会計・書記)の3人にハモってそう言われ、村井は力無いため息をついた。
 人がふられて落ち込んでるんだから少しは気を使えよ。と、心の中で呟く。
 だいたいなんだ、格好良すぎるのが問題って。
 完璧ってなんだ。疲れそうって、甚だ失礼じゃないか。
 格好いいってのは、もてる人間のことを言うのではないのか。
 俺の何が問題だというのだ!
 ふつふつと沸き上がる怒りを理性で抑えつけて、反動で浮かび上がってくる悲しみを誤魔化すように、かけていた眼鏡を使い捨てのペーパークリーナーで磨く。
 磨く。磨く。磨く。……。
 自分は多分、ものすごくストレスが溜まっているのだろう。
 力を入れすぎて外れ、膝の上に落ちたレンズを見下ろして、村井はそう思った。

 自慢ではないが、毎年バレンタインには数え切れないほどのチョコレートを貰う。ラブレターを貰った回数だって一度や二度ではない。
 けれども、そのいずれもが必ずと言っていいほど無記名だった。
 ……誰からかがわからなければ、思いに応えようもない。
 おそらく、思いを遂げたいと思うほどの情熱は伴っていないのだと悟るのにはそう時間はかからなかった。
「彼女が欲しい……」
 無意識に呟いてしまう自分が哀れで仕方がない。
 放課後に教室で遅くまでおしゃべりしたり、一緒に家まで帰ったり、休日に遊園地に遊びに行ったり。そういうことをできる相手が欲しい。
 心から切実に絶対的に何が何でも欲しい。
 今、誰かが直接告白してくれたなら、例え相手が男でもOKしてしまうかもしれないくらい、恋人が欲しい!
「……いや、さすがにそれはない」
 が、しかし、それくらい、彼女が欲しかった。
 1回目は「そんな恐れ多い」と言って断られた。
 2回目は「そんな、付き合ってる自分なんて考えられません」と言って断られた。
 3回目は「ファンに殺されちゃうから」と言って断られた。
 4回目以降はもう思い出したくもない。
 すっかり気分が塞ぐ。
 自分の何がダメなのか。生徒会長であるということは、実はそんなにもデメリットとなるのか。
 色々と考えながら歩いていると、道の隅でうずくまって泣いている女の子が目に入った。
 小学校6年生くらいだろうか。少し体に小さいくらいの桃色のランドセルが、泣き声にあわせて細かく揺れている。
「どうしたの? 大丈夫?」
 駆け寄って声をかけると、女の子はしゃくり上げながら、涙で濡れた大きな瞳で村井を見上げた。涙がぽろぽろとこぼれて、地面に水玉模様を作る。涙は止まらず、それ故に言葉が出せないようだった。
 仕方なく様子をうかがってみると、膝に大きな切り傷がある。
「……ころんだの?」
 たずねると、女の子はこくりと頷いた。
 生徒会長たるもの、常に鞄には救急セットを入れておくのが常識である。
 村井は慣れた動作で傷消毒スプレーを取り出し、彼女の怪我を手当てした。
 ガラスの破片などが入り込んでいないことを確認し、彼女が歩けることも確認し、家が近いことも確認して、
「じゃあ、気を付けて帰りなね」
 そう声をかけると、女の子はこくりと頷いて、ゆっくりと歩いて立ち去る。が。
 数歩歩いたところで思い出したように振り返り、村井の元まで戻ってきた。
「?」
 首を傾げる村井を上目遣いに見上げて。
「ありがとう、お兄さん」
 可憐な笑顔と、鈴の音のような綺麗な声で言う。
「どういたしまして」
 微笑んで返すと、女の子は笑顔のまま続けた。
「あのね。何かお礼がしたいの」
 きらきらと輝く瞳で、村井を見つめて。
「お兄さん、今一番欲しいものってなあに?」
「彼女です」
 即答してから、村井は慌てて首を振った。
「いや、今のは冗談で……」
 急いで取り繕おうとする村井だったが、
「ほんとう? じゃあじゃあ、マリが彼女になってあげる!」
 女の子はそれはそれは眩しい笑顔でそう言った。
「……!」
 村井は言葉を失った。
 いやまて。確かに自分はものすごく彼女が欲しいと思っていた。
 いや、現在進行形で思っている。
 しかし。それはなんというか、年相応の彼女であって、そんな、小学生のコドモを相手に彼女などとはそんな……。
「あのね、あのね、マリ、日曜日に遊園地行くの。お兄さんも一緒に行こう?」
 ……遊園地などとそんな……。
「手当してもらったお礼。……マリじゃだめ?」
「……よ」
「?」
「よろしくおねがいします……」

 村井豊、17歳。
 生まれて初めてできた彼女はおそらく12歳。
 でも遊園地っていいよな。
 マリと名乗る彼女の笑顔を見下ろしながら、彼は思わずうれし涙を浮かべてしまったのだった。

おわり


《幸恋しばりお題バトル》
テーマ:ごめんなさい
お 題:切り傷・眼鏡・上目遣い・遅刻・コドモ(内、遅刻以外を使用)
お時間:90分

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