[Novels]

【雨が上がりますように】

 雨が続くと憂鬱になるのは、何も人間ばかりではない。
 かく言う私も、どうにも湿っぽくなってしまって、ここ数日、正晴には度々渋い顔をされている。「根性が足りないのだ」とぼやく正晴に、「お互い様だろう」と返してはみたものの。やはり、湿っぽいと会話のすべりが悪くなるのも否めないことだ。正晴には正直、申し訳ないとは思う。
 が。だからといって、正晴の仕事が進まないことと、私が湿っぽいことは、結局のとこと直接的には関係ないことだろう。
 私はそう確信する。無論、正晴にもそれはわかっているに違いない。慰めるように、そして誤魔化すように私の腹をぽんぽんと叩いて、彼はため息をつくと立ち上がって窓から外を眺めた。
 雨は、かれこれ9日間ばかり降り続いている。
 雨が降ろうが雪が降ろうが、いまどきコンビニエンスストアーは休むことはないし、雪も雨も度が過ぎない限りは、電車やバスだって止まることはない。
 人間であれば服だって髪だって、濡れたら洗って乾かせば済むことであるし、それだって少々の雨であれば傘を差せば何ら活動の支障にはならない。
「外へで出てみたらどうか」
 気分転換になるのではないか。ここ数日の正晴を見ていると、そう提案してみたくなる。
 しかし、無駄だろうことも、私にはわかる。
 彼が求めているものは、晴天であり、すなわち、晴れた日にだけ店を広げる、路上絵描きの彼女であるのだから。
「いまどき、携帯電話やパソコンくらいもっているのではないか」
 ファンだからと名前を名乗り、メールアドレスのひとつも交換すればいいのではないか。
 正晴は、ああ見えてそこそこ名の知れた物書きだ。名刺を渡せば、彼女だって不必要な警戒心を抱くこともあるまい。
 知名度が低いから、名刺を渡したって怪しいことには変わりないという懸念も、理解は出来るが。
「湿っぽくて、仕事にならないのはどっちだ」
 そう罵ってみたところで、正晴は気づかず窓から外を眺めるだけだ。
 締め切りが近いぞ。私の額に貼られている付箋に書かれた期日まで、あと4日もないぞ。
 それでなくても正晴は、一度私に向かって物語を語ってからしか、パソコンに向かうことが出来ないのだからして。
 窓から見える、靄がかかった肌寒い雨空を見上げた。
 ああ、湿っぽくて仕方がない。
 私の心もからだも、雨と正晴の湿り気ですっかりよれてしまっている。さぞかしペンの滑りも悪いことだろう。
 窓ガラスにそっと指先を滑らせ、会うことの叶わない想い人に思いをはせる正晴を見る。
 私が自分で動けたならば、彼のために、この体でてるてる坊主のひとつも作ってあげられるのだが。
 無論、それは無理な話なのである。
 だから今はただ、雨が止むのを待つより他に術はない。
 このからだの湿っぽさがからりと乾いて、正晴が私を胸ポケットに抱いて外へと出られるように。
 正晴が、心引かれる彼女の姿を眺めることができるように。
 期日が迫っている仕事に、わずらうものなく打ち込めるように。
 ただ、太陽を望んで待つことしかできないのだ。

 祈ることも、できはしないのだ。
 なぜなら私は、正晴が生み出す物語をかきとめるために存在する手帳でしかないのだから。


 ... ... ... END.


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